「 大鑑慧能 」 一覧

「正法眼蔵」受戒(じゅかい)

禅苑清規云、三世諸仏、皆曰出家成道。西天二十八祖、唐土六祖、伝仏心印、尽是沙門。蓋以厳浄毘尼、方能洪範三界。然則参禅問道、戒律為先。即非離過防非、何以成仏作祖(禅苑清規に云く、三世諸仏、皆な出家成道と ...

「正法眼蔵」伝衣(でんえ)

仏々正伝の衣法、まさに震旦に正伝することは、少林の高祖のみなり。高祖はすなはち釈迦牟尼仏より第二十八代の祖師なり。西天二十八代、嫡々あひつたはれ、震旦に六代、まのあたりに正伝す。西天東地都盧三十三代な ...

禅宗の流れ - 簡単な説明

  お釈迦様の説かれた教えを仏教といいますが、お釈迦様から正しく伝えられた教えを正法といいます。禅宗では、その正法は28代目の菩提達磨大師に受け継がれ、インドから中国に伝わりました。 菩提達 ...

『伝光録』第三十三祖。大鑑禅師。

【本則】 第三十三祖。大鑑禅師。師在黄梅碓坊服労。大満禅師有時。夜間入碓坊示曰。米白也師曰。白あれ未有篩在。満以て杖打臼を参下す。師以箕米参簸入室。 【機縁】 師者姓盧氏。其先范陽人。父行瑫。武徳中左 ...

「正法眼蔵」深信因果(じんしんいんが)

百丈山大智禅師懐海和尚、凡参次、有一老人、常隨衆聴法。衆人退老人亦退。忽一日不退(百丈山大智禅師懐海和尚、凡そ参次に一りの老人有つて、常に衆に隨つて聴法す。衆人退すれば老人もまた退す。忽ちに一日退せず ...

「正法眼蔵」他心通(たしんつう)

西京光宅寺慧忠国師者、越州諸曁人也。姓冉氏。自受心印、居南陽白崖山党子谷、四十余祀。不下山門、道行聞于帝里。唐肅宗上元二年、勅中使孫朝進賚詔徴赴京。待以師礼。勅居千福寺西禅院。及代宗臨御、復迎止光宅精 ...

「正法眼蔵」鉢盂(ほう)

七仏向上より七仏に正伝し、七仏裏より七仏に正伝し、渾七仏より渾七仏に正伝し、七仏より二十八代正伝しきたり、第二十八代の祖師、菩提達磨高祖、みづから神丹国にいりて、二祖大祖正宗普覚大師に正伝し、六代つた ...

「正法眼蔵」神通(じんづう)

かくのごとくなる神通は、仏家の茶飯なり、諸仏いまに懈倦せざるなり。これに六神通あり、一神通あり。無神通あり、最上通あり。朝打三千なり、暮打八百なるを為体とせり。与仏同生せりといへども仏にしられず、与仏 ...

「正法眼蔵」自証三昧(じしょうざんまい)

諸仏七仏より、仏々祖々の正伝するところ、すなはち修証三昧なり。いはゆる或従知識、或従経巻なり。これはこれ仏祖の眼睛なり。このゆゑに、 曹渓古仏、問僧云、還假修証也無(還修証を假るや無や)。 僧云、修証 ...

「正法眼蔵」三十七品菩提分法(さんじゅうしちほんぼだいぶんぽう)

古仏の公案あり、いはゆる三十七品菩提分法の教行証なり。昇降階級の葛藤する、さらに葛藤公案なり。喚作諸仏なり、喚作諸祖なり。 四念住 四念処とも称ず 一者、観身不浄 二者、観受是苦 三者、観心無常 四者 ...

「正法眼蔵」遍参(へんざん)

仏祖の大道は、究竟参徹なり。足下無絲去なり。足下雲生なり。しかもかくのごとくなりといへども、花開世界起なり、吾常於此切なり。このゆゑに甜瓜徹蔕甜なり、苦瓠連根苦なり。甜甜徹蔕甜なり。かくのごとく参学し ...

「正法眼蔵」梅華(ばいか)

先師天童古仏者、大宋慶元府太白名山天童景徳寺第三十代堂上大和尚なり。 上堂示衆云、天童仲冬第一句、槎々牙々老梅樹。忽開花一花両花、三四五花無数花。清不可誇、香不可誇。散作春容吹草木、衲僧箇清頂門禿。驀 ...

「正法眼蔵」面授(めんじゅ)

爾時釈迦牟尼仏、西天竺国霊山会上、百万衆中、拈優曇花瞬目。於時摩訶迦葉尊者、破顔微笑。(爾の時に釈迦牟尼仏、西天竺国霊山会上、百万衆の中にして、優曇花を拈じて瞬目したまふ。時に摩訶迦葉尊者、破顔微笑せ ...

「正法眼蔵」仏道(ぶつどう)

曹渓古仏、あるとき衆にしめしていはく、慧能より七仏にいたるまで四十祖あり。 この道を参究するに、七仏より慧能にいたるまで四十仏なり。仏々祖々を算数するには、かくのごとく算数するなり。かくのごとく算数す ...

「正法眼蔵」古仏心(こぶつしん)

祖宗の嗣法するところ、七仏より曹渓にいたるまで四十祖なり。曹渓より七仏にいたるまで四十仏なり。七仏ともに向上向下の功徳あるがゆゑに、曹渓にいたり七仏にいたる。曹渓に向上向下の功徳あるがゆゑに、七仏より ...

「正法眼蔵」行持(ぎょうじ)上

仏祖の大道、かならず無上の行持あり。道環して断絶せず、発心修行、菩提涅槃、しばらくの間隙あらず、行持道環なり。このゆゑに、みづからの強為にあらず、他の強為にあらず、不曽染汚の行持なり。 この行持の功徳 ...

「正法眼蔵」授記(じゅき)

仏祖単伝の大道は授記なり。仏祖の参学なきものは、夢也未見なり。その授記の時節は、いまだ菩提心をおこさざるものにも授記す。無仏性に授記す、有仏性に授記す。 有身に授記し、無身に授記す。諸仏に授記す。諸仏 ...

「正法眼蔵」行持(ぎょうじ)下

真丹初祖の西来東土は、般若多羅尊者の教勅なり。航海三載の霜華、その風雪いたましきのみならんや、雲煙いくかさなりの嶮浪なりとかせん。不知のくににいらんとす、身命ををしまん凡類、おもひよるべからず。これひ ...

「正法眼蔵」仏向上事(ぶっこうじょうじ)

高祖筠州洞山悟本大師は、潭州雲巖山無住大師の親嫡嗣なり。如来より三十八位の祖向上なり、自己より向上三十八位の祖なり。 大師、有時示衆云、体得仏向上事、方有些子語話分(仏向上の事を体得して、方に些子語話 ...

「正法眼蔵」恁麼(いんも)

雲居山弘覚大師は、洞山の嫡子なり。釈迦牟尼仏より三十九世の法孫なり、洞山宗の嫡祖なり。 一日示衆云、欲得恁麼事、須是恁麼人。是恁麼人、何愁恁麼事。 いはゆるは、恁麼事をえんとおもふは、すべからくこれ恁 ...

「正法眼蔵」行仏威儀(ぎょうぶついいぎ)

諸仏かならず威儀を行足す、これ行仏なり。行仏それ報仏にあらず、化仏にあらず、自性身仏にあらず、他性身仏にあらず。始覚本覚にあらず、性覚無覚にあらず。如是等仏、たえて行仏に斉肩することうべからず。 しる ...

「正法眼蔵」仏性(ぶっしょう)

釈迦牟尼仏言、一切衆生、悉有仏性、如来常住、無有変易。 これ、我らが大師釈尊の師子吼の転法輪なりといへども、一切諸仏、一切諸師の頂にん眼睛なり。参学しきたること、すでに二千一百九十年[当日日本仁治二年 ...

「正法眼蔵」看経(かんぎん)

阿耨多羅三藐三菩提の修証、あるいは知識をもちゐ、あるいは経巻をもちゐる。知識といふは、全自己の仏祖なり。経巻といふは、全自己の経巻なり。全仏祖の自己、全経巻の自己なるがゆゑにかくのごとくなり。自己と称 ...

「正法眼蔵」古鏡(こきょう)

諸仏諸祖の受持し単伝するは古鏡なり。同見同面なり、同像同鑄なり、同参同証す。胡来胡現、十万八千、漢来漢現、一念万年なり。古来古現し、今来今現し、仏来仏現し、祖来祖現するなり。 第十八祖伽耶舎多尊者は、 ...

「正法眼蔵」法華転法華(ほっけてんほっけ)

十方仏土中者、法華の唯有なり。これに十方三世一切諸仏、阿耨多羅三藐三菩提衆は、転法華あり、法華転あり。これすなはち、本行菩薩道の不退不転なり、諸仏智慧、甚深無量なり、難解難入の安詳三昧なり。あるいはこ ...

「正法眼蔵」嗣書(ししょ)

仏々かならず仏々に嗣法し、祖々かならず祖々に嗣法する、これ証契なり、これ単伝なり。このゆゑに無上菩提なり。仏にあらざれば仏を印証するにあたはず。仏の印証をえざれば、仏となることなし。仏にあらずよりは、 ...

「正法眼蔵」礼拝得髄(らいはいとくずい)

修行阿耨多羅三藐三菩提の時節には、導師をうることもともかたし。その導師は、男女等の相にあらず、大丈夫なるべし、恁麼人なるべし。古今人にあらず、野狐精にして善知識ならん。これ得髓の面目なり、導利なるべし ...

「正法眼蔵」袈裟功徳(けさくどく)

仏々祖々正伝の衣法、まさしく震旦国に正伝することは、嵩嶽の高祖のみなり。高祖は、釈迦牟尼仏より第二十八代の祖なり。西天二十八伝、嫡々あひつたはれり。二十八祖、したしく震旦にいりて初祖たり。震旦国人五伝 ...

「正法眼蔵」洗浄(せんじょう)

仏祖の護持しきたれる修証あり、いはゆる不染汚なり。 南嶽山観音院大慧禅師、因六祖問、還假修証不(また修証を假るや不や)。 大慧云、修証不無、染汚即不得(修証は無きにあらず、染汚することは即ち不得なり) ...

「正法眼蔵」即心是仏(そくしんぜぶつ)

仏々祖々、いまだまぬかれず保任しきたれるは即心是仏のみなり。しかあるを、西天には即心是仏なし、震旦にはじめてきけり。学者おほくあやまるによりて、将錯就錯せず。将錯就錯せざるゆゑに、おほく外道に零落す。 ...

『正法眼蔵随聞記』68、某甲老母現在せり

また僧云く、某甲老母現在せり。我れは即ち一子なり。ひとえに某甲が扶持にて度世す。恩愛もことに深し。孝順の志も深し。是れに依っていささか世に順い人に随って、他の恩力をもて母の衣粮にあづかる。もし遁世籠居 ...

「正法眼蔵」弁道話(べんどうわ)

諸仏如来、ともに妙法を単伝して、阿耨菩提を証するに、最上無為の妙術あり。これただ、ほとけ仏にさづけてよこしまなることなきは、すなはち自受用三昧、その標準なり。 この三昧に遊化するに、端坐参禅を正門とせ ...



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