「 馬祖道一 」 一覧

「正法眼蔵」坐禅箴(ざぜんしん)

観音導利興聖宝林寺 薬山弘道大師、坐次有僧問、兀々地思量什麼(薬山弘道大師、坐次に、有る僧問ふ、兀々地什麼をか思量せん)。 師云、思量箇不思量底(箇の不思量底を思量す)。 僧云、不思量底如何思量(不思 ...

「正法眼蔵」虚空(こくう)

這裏是什麼処在のゆゑに、道現成をして仏祖ならしむ。仏祖の道現成、おのれづから嫡々するゆゑに、皮肉骨髓の渾身せる、掛虚空なり。虚空は、二十空等の群にあらず。おほよそ、空ただ二十空のみならんや、八万四千空 ...

「正法眼蔵」大修行(だいしゅぎょう)

洪州百丈山大智禅師[嗣馬祖、諱懐海]、凡参次、有一老人、常隨衆聴法。大衆若退、老人亦退。忽一日不退(洪州百丈山大智禅師[馬祖に嗣す、諱は懐海]、凡そ参次に一りの老人有つて、常に衆に隨つて聴法す。大衆若 ...

「正法眼蔵」法性(ほっしょう)

あるいは経巻にしたがひ、あるいは知識に従うて参学するに、無師独悟するなり。無師独悟は、法性の施為なり。たとひ生知なりとも、かならず尋師訪道すべし。たとひ無生知なりとも、かならず功夫弁道すべし。いづれの ...

「正法眼蔵」仏経(ぶっきょう)

このなかに、教菩薩法あり、教諸仏法あり。おなじくこれ大道の調度なり。調度ぬしにしたがふ、ぬし調度をつかふ。これによりて、西天東地の仏祖、かならず或従知識、或従経巻の正当恁麼時、おのおの発意、修行、証果 ...

「正法眼蔵」行持(ぎょうじ)上

仏祖の大道、かならず無上の行持あり。道環して断絶せず、発心修行、菩提涅槃、しばらくの間隙あらず、行持道環なり。このゆゑに、みづからの強為にあらず、他の強為にあらず、不曽染汚の行持なり。 この行持の功徳 ...

「正法眼蔵」行持(ぎょうじ)下

真丹初祖の西来東土は、般若多羅尊者の教勅なり。航海三載の霜華、その風雪いたましきのみならんや、雲煙いくかさなりの嶮浪なりとかせん。不知のくににいらんとす、身命ををしまん凡類、おもひよるべからず。これひ ...

「正法眼蔵」仏向上事(ぶっこうじょうじ)

高祖筠州洞山悟本大師は、潭州雲巖山無住大師の親嫡嗣なり。如来より三十八位の祖向上なり、自己より向上三十八位の祖なり。 大師、有時示衆云、体得仏向上事、方有些子語話分(仏向上の事を体得して、方に些子語話 ...

「正法眼蔵」仏性(ぶっしょう)

釈迦牟尼仏言、一切衆生、悉有仏性、如来常住、無有変易。 これ、我らが大師釈尊の師子吼の転法輪なりといへども、一切諸仏、一切諸師の頂にん眼睛なり。参学しきたること、すでに二千一百九十年[当日日本仁治二年 ...

「正法眼蔵」古鏡(こきょう)

諸仏諸祖の受持し単伝するは古鏡なり。同見同面なり、同像同鑄なり、同参同証す。胡来胡現、十万八千、漢来漢現、一念万年なり。古来古現し、今来今現し、仏来仏現し、祖来祖現するなり。 第十八祖伽耶舎多尊者は、 ...

「正法眼蔵」有時(うじ)

古仏言、 有時高々峰頂立、 有時深々海底行。 有時三頭八臂、 有時丈六八尺。 有時挂杖払子、 有時露柱燈籠。 有時張三李四、 有時大地虚空。 いはゆる有時は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり。丈六金 ...

「正法眼蔵」諸悪莫作(しょあくまくさ)

古仏云、諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教(諸悪を作すこと莫れ、衆善奉行すべし、自ら其の意を浄む、是れ諸仏の教なり)。 これ七仏祖宗の神通戒として、前仏より後仏に正伝す、後仏は前仏に相嗣せり。ただ ...

『正法眼蔵随聞記』53、大宋の禅院に麦米等をそろえて

一夜示して云く、大宋の禅院に麦米等をそろえて 、あしきをさけ、よきをとって飯等にする事あり。 是れをある禅師云く、「たとひ我が頭を打ち破る事七分にすとも、米をそろうる事なかれ。」と、頌に作って戒めたり ...

馬祖道一(ばそどういつ)

  中国唐の時代の禅僧。漢州什邡県の出身。南嶽懐譲に就いて嗣法。弟子には百丈懐海、南泉普願、大梅法常、塩官斉安、西堂智蔵、興善惟寛、麻浴宝徹がいる。諡は大寂禅師。洪州開元寺。『馬祖大寂禅師語 ...



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