「 スッタニパータ 」 一覧

スッタニパータ - ブッダのことば

かの尊き師・尊き人、覚った人に礼したてまつる。 【 第1 蛇の章 】 1、蛇 1 蛇の毒が身体のすみずみにひろがるのを薬で制するように、怒りが起こったのを制する修行者(比丘)は、この世とかの世とをとも ...

中村元(なかむらはじめ)

  インド哲学者、仏教学者。東京大学名誉教授、日本学士院会員。 サンスクリット語・パーリ語に精通し、初期仏教の仏典などの解説や翻訳に代表される著作は多数にのぼる。「生きる指針を提示するのも学 ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】2、ダニヤ

18 牛飼いダニヤがいった、 「わたしはもう飯を炊き、乳を搾ってしまった。マヒー河の岸のほとりに、わたしは妻子とともに住んでいます。わが小舎の屋根は葺かれ、火は点されている。神よ、もしも雨を降らそうと ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】3、犀の角

35 あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく、あらゆる生きもののいずれをも悩ますことなく、また子を欲するなかれ。況や朋友をや。犀(さい)の角のようにただ独り歩め。 36 交わりをしたならば愛情が ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】4、田を耕すバーラドブァージャ

 わたしが聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)はマガダ国の南山にある「一つの茅」というバラモン村におられた。そのとき田を耕すバラモン・バーラドヴァーシャは、種子を捲く時に五百挺の鋤を牛に結び ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】5、チュンダ

83 鍛冶工のチュンダがいった、「偉大な智慧ある聖者・目ざめた人・真理の主・妄執を離れた人・人類の最上者・優れた御者に、わたしはおたずねします。世間にはどれだけの修行者がいますか?どうぞお説きください ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】6、破滅

 わたしが聞いたところによると、あるとき師(ブッダ)は、サーヴァッティーのジェータ林にある孤独な人々に食を給する長者の園におられた。そのとき一人の容色麗しい神が、夜半を過ぎたころ、ジェータ林を隈なく照 ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】7、賤しい人

 わたしが聞いたところによると、あるとき師(ブッダ)は、サーヴァッティーのジェータ林にある孤独な人々に食を給する長者の園におられた。そのとき師は朝のうちに内衣を着け、鉢と上衣とをたずさえて、托鉢のため ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】8、慈しみ

143 究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達してなすべきことは、次のとおりである。能力あり、直く、正しく、ことばやさしく、柔和で、思い上がることのない者であらねばならぬ。 144 足ることを知り ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】9、雪山に住む者

153 七岳という神霊(夜叉)がいった、「今日は十五日のウポーサタである。みごとな夜が近づいた。さあ、われわれは世にもすぐれた名高い師ゴータマ(ブッダ)にお目にかかろう。」 154 雪山に住む者という ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】10、アーラブァカという神霊

 わたしか聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)はア-ラヴィー国のアーラヴァカという神霊(夜叉)の住居に住みたもうた。そのときアーラヴァカ神霊は師のいるところに近づいて、 師にいった、「道の人 ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】11、勝利

193 あるいは歩み、あるいは立ち、あるいは坐り、あるいは臥し、身を屈め、あるいは伸ばす、これは身体の動作である。 194 身体は、骨と筋とによってつながれ、深皮と肉とで塗られ、表皮に覆われていて、あ ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】12、聖者

207 親しみ慣れることから恐れが生じ、家の生活から汚れた塵が生ずる。親しみ慣れることもなく家の生活もないならば、これが実に聖者(ブッダ)のさとりである。 208 すでに生じた煩悩の芽を断ち切って、新 ...

スッタニパータ【第2 小なる章】1、宝

【 第2 小なる章 】 1、宝 222 ここに集まった諸々の生きものは、地上のものでも、空中のものでも、すべて歓喜せよ。そうしてこころを留めてわが説くところを聞け。 223 それ故に、すべての生きもの ...

スッタニパータ【第2 小なる章】2、なまぐさ

239 「稷・ディングラカ・チーナカ豆・野菜・球根・蔓の実を善き人々から正しいしかたで得て食べながら、欲を貪らず、偽りを語らない。 240 よく炊がれ、よく調理されて、他人から与えられた純粋で美味な米 ...

スッタニパータ【第2 小なる章】3、恥

253 恥じることを忘れ、また嫌って、「われはあなたの友である」と言いながら、しかも為し得る仕事を引き受けない人、かれを「この人はわが友に非ず」と知るべきである。 254 諸々の友人に対して、実行がと ...

スッタニパータ【第2 小なる章】4、こよなき幸せ

 わたしが聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)はサーヴァッティーのジェータ林にある孤独な人々に食を給する長者の園におられた。そのとき一人の容色麗しい神が、夜半を過ぎたころジェータ林を隈なく照 ...

スッタニパータ【第2 小なる章】5、スーチローマ

 わたしが聞いたところによると、ある時尊き師(ブッダ)はガヤー村のタンキク石床におけるスーチローマという神霊(夜叉)の住居におられた。そのときカラという神霊とスーチローマという神霊に言った、「かれは道 ...

スッタニパータ【第2 小なる章】6、理法にかなった行い

274 理法にかなった行い(身、口、意の善行)、清らかな行い(出世間の善行)、これが最上の宝であると言う。たとい在家から出て家なきに入り、出家の身となったとしても、 275 もしもかれが荒々しいことば ...

スッタニパータ【第2 小なる章】7、バラモンにふさわしいこと

 わたしが聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)はサーヴァッティーのジェータ林にある孤独な人々に食を給する長者の園におられた。そのときコーサラ国に住む、多くの、大富豪であるバラモンたち、かれら ...

スッタニパータ【第2 小なる章】8、船

316 ひとがもしも他人から習って理法を知るならば、その人を敬うことは、あたかも神々がインドラ神(帝釈天)を敬うがごとくになすべきである。学識の深いその師は、尊敬されれば、その人に対して心からよろこん ...

スッタニパータ【第2 小なる章】9、いかなる戒めを

324 いかなる戒めをまもり、いかなる行いをなし、いかなる行為を増大せしめるならば、人は正しく安立し、また最上の目的を達し得るのであろうか。 325 長上を敬い、嫉むな。諸々の師に見えるのに適当な時を ...

スッタニパータ【第2 小なる章】10、精励

331 起てよ(しっかりせよ)、坐れ(禅定を修せよ)。眠ってあなたたちに何の益があろう。矢に射られて苦しみ悩んでいる者どもは、どうして眠られようか。 333 神々も人間も、ものを欲しがり、執著にとらわ ...

スッタニパータ【第2 小なる章】11、ラーフラ

335 師(ブッダ)がいった、ラーフラよ。しばしばともに住むのに慣れて、お前は賢者を軽蔑するのではないか?諸人のために炬火をかざす人(サーリプッタ)を、あなたは尊敬しているか?」 336 ラーフラは答 ...

スッタニパータ【第2 小なる章】12、ヴァンギーサ

 わたしがこのように聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)はア-ラヴィーにおけるアッガーラウァ霊樹のもとにおられた。そのとき、ヴァンギーサさんの師でニグローダ・カッパという名の長老が、アッガー ...

スッタニパータ【第2 小なる章】13、正しい遍歴

359 「智慧ゆたかに、流れを渡り、彼岸に達し、完全な安らぎを得て、こころ安住した聖者におたずね致します。家から出て諸々の欲望を除いた修行者が、正しく世の中を遍歴するには、どのようにしたらよいのでしょ ...

スッタニパータ【第2 小なる章】14、ダンミカ

 わたくしが聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)は、サーヴァッティーのジェータ林にある孤独な人々に食を給する長者の園におられた。そのときダンミカという在俗信者が五百人の在俗信者とともに師のお ...

スッタニパータ【第3 大いなる章】1、出家

【 第3 大いなる章 】 1、出家 405 眼ある人(釈尊)はいかにして出家したのであるか、かれはどのように考えたのちに、出家を喜んだのであるか、かれの出家をわれ(アーナンダ)は述べよう。 406 「 ...

スッタニパータ【第3 大いなる章】2、つとめはげむこと

425 ネーランジャラー河の畔にあって、安穏を得るために、つとめはげみ専心し、努力して瞑想していたわたくしに、 426 悪魔ナムチはいたわりのことばを発しつつ近づいてきて、言った、「あなたは痩せていて ...

スッタニパータ【第3 大いなる章】3、みごとに説かれたこと

 わたしが聞いたところによると、ある時尊き師ブッダは、サーヴァッティーのジェータ林にある孤独な人々に食を給する長者の園におられた。そのとき師は諸々の道の人に呼びかけられた、「修行僧たちよ」と。「尊き師 ...

スッタニパータ【第3 大いなる章】4、スタンダリカ・バーラドヴァージャ

 わたしが聞いたところによると、ある時尊き師(ブッダ)はコーサラ国のスンダリカー河の岸に滞在しておらめれた。ちょうどその時に、バラモンであるスンダリカ・バーラドヴァーシャは、スンダリカー河の岸辺で聖火 ...

スッタニパータ【第3 大いなる章】5、マーガ

 わたくしが聞いたところによると、ある時尊き師(ブッダ) は、王舎城の鷲の峰という山におられた。そのときマーガ青年は師のおられるところに赴いた。そこに赴いて師に挨拶した。喜ばしい、思い出の挨拶のことば ...



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