「 重要な話 」 一覧

『正法眼蔵随聞記』93、学道はすべからく吾我を離るべし

一日示して云く、学道はすべからく吾我を離るべし。たとひ千経万論を学し得たりとも、我執を離れずは終に魔坑に落つ。古人云く、「仏法の身心なくは、いづくんぞ仏となり祖とならん。」と。 我を離ると云うは、我が ...

『正法眼蔵随聞記』24、たとい我れ道理を以て道うに

法談の次に示して云く、たとい我れ道理を以て道うに、人僻事を言うを、理を攻めて言い勝つは悪きなり。 次に、我れは現に道理と思えども、「我が非にこそ。」と言って負けてのくもあしばやなると言うなり。 ただ人 ...

『法句経』ダンマパダ【 第20章 道 】

273 諸々の道の内では、八つの部分よりなる正しい道(八正道)が最もすぐれている。諸々の真理の内では、四つの句(四諦)がもっともすぐれている。諸々の徳の内では、情欲を離れることが最もすぐれている。人々 ...

『法句経』ダンマパダ【 第14章 ブッダ 】

179 ブッダの勝利は敗れることがない。この世においては何人も、彼の勝利には達し得ない。ブッダの境地は広くて果てしがない。足跡を持たない彼を、いかなる道によって誘い得るであろうか? 180 誘なうため ...

『法句経』ダンマパダ【 第7章 真人 】

90 すでに人生の旅路を終え、憂いを離れ、あらゆる事柄にくつろいで、あらゆる束縛の絆を逃れた人には、悩みは存在しない。 91 心をとどめている人々は努め励む。彼らは住居(執着)を楽しまない。白鳥が池を ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】3、犀の角

35 あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく、あらゆる生きもののいずれをも悩ますことなく、また子を欲するなかれ。況や朋友をや。犀(さい)の角のようにただ独り歩め。 36 交わりをしたならば愛情が ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】8、慈しみ

143 究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達して為すべきことは、次のとおりである。能力あり、直く、正しく、言葉優しく、柔和で、思い上がることのない者であらねばならぬ。 144 足ることを知り、わ ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】10、アーラブァカという神霊

 わたしが聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)はア-ラヴィー国のアーラヴァカという神霊(夜叉)の住居に住みたもうた。その時アーラヴァカ神霊は師のいるところに近づいて、 師に言った、「道の人よ ...

スッタニパータ【第1 蛇の章】12、聖者

207 親しみ慣れることから恐れが生じ、家の生活から汚れた塵が生ずる。親しみ慣れることもなく家の生活もないならば、これが実に聖者(ブッダ)の悟りである。 208 すでに生じた煩悩の芽を断ち切って、新た ...

スッタニパータ【第2 小なる章】4、こよなき幸せ

 わたしが聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)はサーヴァッティーのジェータ林にある孤独な人々に食を給する長者の園におられた。その時一人の容色麗しい神が、夜半を過ぎたころジェータ林を隈なく照ら ...

スッタニパータ【第2 小なる章】5、スーチローマ

 わたしが聞いたところによると、ある時、尊き師(ブッダ)はガヤー村のタンキク石床におけるスーチローマという神霊(夜叉)の住居におられた。その時カラという神霊とスーチローマという神霊に言った、「彼は道の ...

スッタニパータ【第2 小なる章】14、ダンミカ

 わたくしが聞いたところによると、あるとき尊き師(ブッダ)は、サーヴァッティーのジェータ林にある孤独な人々に食を給する長者の園におられた。その時、ダンミカという在俗信者が五百人の在俗信者と共に師のおら ...

スッタニパータ【第3 大いなる章】8、矢

574 この世における人々の命は、定まった相なく、どれだけ生きられるかも解らない。いたましく、短くて、苦悩をともなっている。 575 生まれたものは、死を遁れる道がない。老いに達しては、死ぬ。実に生あ ...

スッタニパータ【第3 大いなる章】9、ヴァーセッタ

わたくしが聞いたところによると、ある時、尊き師(ブッダ)はコーサラ国にあるイッチャーナンガラ村のイッチャーナンガラ林に住んでおられた。その時、多くの著名な大富豪であるバラモンたちがイッチャーナンガラ村 ...

スッタニパータ【第3 大いなる章】11、ナーラカ

 [ 序 ] 679 よろこび楽しんでいて清らかな衣をまとう三十の神々の群と帝釈天とが、恭しく衣をとって極めて讃嘆しているのを、アシタ仙は日中の休息の時に見た。 680 心喜び踊りあがっている神々を見 ...

スッタニパータ【第3 大いなる章】12、二種の観察

 わたしが聞いたところによると、ある時、尊師は、サーヴァッティー郊外の東園にあるミガーラ長者の母の宮殿の内にとどまっておられた。その時、尊師(ブッダ)はその定期的集会(布薩)の日、十五日、満月の夜に、 ...

スッタニパータ【第4 八つの詩句の章】2、洞窟についての八つの詩句

772 窟(身体)の内にとどまり、執著し、多くの煩悩に覆われ、迷妄の内に沈没している人、このような人は、実に遠ざかり離れること(厭離)から遠く隔たっている。実に世の中にありながら欲望を捨て去ることは、 ...

スッタニパータ【第4 八つの詩句の章】5、最上についての八つの詩句

796 世間では、人は諸々の見解の内で勝れているとみなす見解を「最上のもの」であると考えて、それよりも他の見解は全て「つまらないものである」と説く。それ故に彼は諸々の論争を超えることがない。 797 ...

スッタニパータ【第4 八つの詩句の章】14、迅速

915 問うていわく「太陽の裔である偉大な仙人(ブッダ)、あなたに、遠ざかり離れることと平安の境地とをおたずねします。修行者はどのように観じて、世の中のものを執することなく、安らいに入るのですか?」 ...

スッタニパータ【第4 八つの詩句の章】15、武器を執ること

935 殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである。わたくしがぞっとしてそれをいとい離れたその衝撃を宣べよう。 936 水の少ないところにいる魚のように、人々がふ ...



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