「 瑩山禅師 」 一覧

『坐禅用心記』(ざぜんようじんき)/瑩山禅師

正和元(1312)年、瑩山禅師は能登(石川県)に永光寺(ようこうじ)を開き、そこで『坐禅用心記』を撰述しました。坐禅の心得を説いた指導書で、『普勧坐禅儀』と共に参禅する者にとって欠くことのできない教説 ...

瑩山禅師(けいざんぜんじ)- 瑩山紹瑾(じょうきん)

  瑩山紹瑾とは、一般には瑩山禅師と呼ばれる鎌倉時代の僧侶で、日本の曹洞宗教団では第四祖です。日本曹洞宗開祖の道元を高祖大師、瑩山を太祖大師と呼びます。諡号は佛慈禅師、弘徳圓明国師、常済大師 ...

瑩山禅師、永光寺に退隠

正中元(1324)年8月、總持寺を峨山紹碩禅師に譲り、永光寺に退隠します。 << 戻る

總持寺は官寺となり一宗の大本山となる

元亨2(1322)年、後醍醐天皇より瑩山禅師に信仰上の10種の勅問を下されました。これに対する禅師の奉答により、同年8月28日、總持寺は「曹洞出世の道場に補任」されて官寺となり、一宗の大本山たることが ...

瑩山禅師、諸嶽山總持寺へ

元亨元(1321)年、定賢律師の請いにより能登郡櫛比庄(現在の石川県輪島市)の諸嶽観音堂を譲り受け、寺名を諸嶽山總持寺(そうじじ)と改めました。 << 戻る

永光寺-石川県羽咋市

・永光寺 曹洞宗 石川県羽咋市酒井町イ11 永光寺(ようこうじ)は、正和元(1312)年、能登(石川県)に地頭酒匂頼親の娘(祖忍)の勧請を受けた太祖瑩山紹瑾禅師が、生涯幽棲の地と定めて創建した開山禅師 ...

瑩山禅師、浄住寺開山

応長元(1311)年、加賀の浄住寺を開きます。 << 戻る

瑩山禅師、大乗寺2世に

乾元元(1302)年、35歳の時に大乗寺2世の住職となり、明峰素哲、峨山紹碩といった弟子達が集まるようになりました。 << 戻る

『伝光録』(でんこうろく)

正安元(1299)年、加賀の大乗寺に戻り、正安2(1300)年、義介禅師の代理として大乗寺の修行僧に対し釈尊以来五十三祖の機縁を提唱し、後に『伝光録』としてまとめられます。 坐禅の仏法が釈尊からインド ...

瑩山禅師、道元禅師の袈裟を伝授される

永仁3(1295)年1月14日、義介禅師より道元禅師が自ら縫われた袈裟を伝授されました。その後、阿波国海部郡司が開基した城満寺(現在の徳島県海部郡海陽町)に迎えられ開山となり、また、肥後(熊本県)の大 ...

瑩山禅師、印可を受ける

永仁2(1294)年、上堂にて「平常心是道」の逸話を聞いて大悟され、義介禅師より印可を受けました。 << 戻る

瑩山禅師、三代相論により大乗寺に移る

正応2(1289)年春、三代相論により永平寺を下山した義介禅師に従い加賀(現在の石川県金沢市)の大乗寺に移る。 << 戻る

瑩山禅師、諸国行脚へ

弘安8(1285)年1月、諸国行脚(あんぎゃ)の途に入り、越前大野の宝慶寺(ほうきょうじ)の寂円禅師、京都・万寿寺の宝覚禅師、東福寺の東山湛照や白雲恵暁禅師など様々な諸師に訪ね、また比叡山に上っては天 ...

瑩山禅師の出家得度

弘安3(1280)年、13歳の時に永平寺二世である孤雲懐奘禅師について出家得度し、瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)と名を改めました。 << 戻る

瑩山禅師永平寺に入る

観世音菩薩を信仰する母親のもとで育てられた瑩山禅師は、文永12/建治元(1275)年、8歳の時に永平寺に入り、徹通義介禅師の下で沙弥となり修行を始めました。 << 戻る

瑩山禅師誕生

瑩山禅師は、文永5(1268)年11月21日(陰暦では10月8日)に越前多称邑(たねむら)(現在の福井県越前市帆山)の豪族瓜生家で生まれました。道元禅師が亡くなってから15年後のことです。幼名を行生( ...



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