「 臨済宗の出来事 」 一覧

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通天寺

当寺院は2009年12月20日、大本山相国寺、有馬頼底管長猊下導師の元落慶法要を厳修し、相国寺派の末寺として沖縄県に創建となりました。(リンク先より) ・通天寺 関連動画:臨済宗はこんな宗派です 関連 ...

報恩寺

現在の本堂は、平成6年に火災により焼失したものに代わり、平成10年10月に檀信徒の皆様のお力添えにより再建されたものです。 行基作といわれる立像の薬師如来像がご本尊として祀られております。(リンク先よ ...

清大寺(越前大仏)

昭和62年5月28日に落慶した清大寺は、大実業家である多田清翁の一大願心で建立されました。 広大な境内には緒伽藍が整然と配置されさらに大小多数の仏像が安置されております。 平成14年末に宗教法人として ...

神勝寺

天心山神勝寺は、昭和40年(1965)12月2日益州宗進禅師(臨済宗建仁寺派第7代管長)に深く帰依された開基神原秀夫氏が禅師を開山に招請して建立された臨済宗建仁寺派の特例地寺院である。(リンク先より) ...

雲祥院

第二次世界大戦終戦前夜 昭和二十年八月十四日 土崎の日本石油がアメリカ軍のB29の爆撃にあい、雲祥院は県内でただ一ヶ寺の戦災寺院となりました。(リンク先より) ※昭和二十年 1945年 ・雲祥院 関連 ...

金龍寺

昭和2~3年頃、当山は無住の寺でした。当時、病気治療の為この細江の地に身を寄せていた青年僧の山田無文が、当山の看護(留守番)を進んで引き受け、約2年ほど当山で過ごされた。その間、本堂の外縁で夜座(坐禅 ...

法雲寺

明治43年安寧寺末の小庵、正法庵・耕雲庵が合併し、両庵の法と雲をとり法雲寺となりました。 正法庵・耕雲庵ともに記録が残っておらず、開創年代・開山禅師の略歴などは不明とされています。(リンク先より) ※ ...

一華寺

明治28年、自宅医院に隣接した土地に小庵を建て、寛量和尚の常宿ともし、そこで毎月参禅会も開いた。小さな標札には『仏通寺事務所』とあった。(リンク先より) ※明治28年 1895年 ・一華寺 関連動画: ...

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大教院開院

1873(明治六)年1月、大教院開院。明治維新当時、新政府は天皇を中心とした神道思想(大教(だいきょう))によって国をまとめあげようと考えました。これを人々に広めるために教導職(きょうどうしょく)が設 ...

長久寺

明治五年に長徳寺と盛久寺とが合併して改められたものです。長徳寺は、ご本尊の地蔵菩薩は行基の作とされ、嘉元元年に郷士長野修理之助が建立し、善庵慶淑禅師を開山として創建と伝えられています。(リンク先より) ...

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宗旨人別帳、寺請檀家制度廃止

1871(明治四)年4月、戸籍法改正され宗旨人別帳、寺請檀家制度廃止。 << 戻る

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神仏分離令、廃仏毀釈

1868(明治元)年3月、祭政一致の制を復活。政府神仏分離令出す。廃仏毀釈 によって、寺院仏像などの破却・焼打が各地で起こる。 << 戻る

弘源寺

本堂は客殿形式で寛永年代の造営です。正面中央には本尊観世音菩薩、右側に開山である玉岫禅師木像、左側に開基である細川右京太夫持之公の位牌を祀っています。 柱に残る刀傷は、京都御所蛤御門の変(1864)に ...

光教寺

天保14年建築の本堂です。同時期に建てられた庫裏と共に、平成20年5月頃から耐震強度補強と老朽化の傷みを修復する為修復工事を行っています。(リンク先より) ※天保14年 1843年 ・光教寺 関連動画 ...

無量寺

錦江山無量寺は、本土最南端の地である和歌山県東牟婁郡串本町に在る、虎関禅師の開山による臨済宗東福寺派の別格寺院です。 もともとは、現在地から少し離れた袋という小さな入り江の地区にあり、その地形故にたび ...

華厳寺(鈴虫寺)

秋だけでなく、四季を通じて鈴虫の音色を聞くことのできる境内。それゆえ「鈴虫寺」の名で親しまれている当寺ですが、正式な名称は「妙徳山 華厳寺(みょうとくざん けごんじ)」といいます。 華厳寺は江戸時代中 ...

安城寺

安城寺は、享保5年(1720年)徳川8代将軍吉宗のとき、松平定英が松山城主となり、享保8年(1723年)松山城と城下町が安泰でありますようにとの願いから「安城寺」と名付け、石門和尚により開山されました ...

総持院

開創は享保三年(1718)、開山は唱宗和尚である。本尊様は阿弥陀如来坐像、鎮守様は秋葉山大権現。800年程前にあった薬師堂を基に開かれた寺院である事から、山号を「薬王山」とされている。(リンク先より) ...

法眼寺

かつては仁科の安城山麓にあった法眼庵という小さな庵でしたが、海濤により大破、荒廃しました。 享保年間にこの地を修行で通りかかった僧・幽厳が法眼庵と堂ヶ島の走嶋山長平寺の荒廃を嘆き、二院を合併して正島山 ...

霊泉山 禅林寺 公式ホームページ

元禄十二年(一六九九)八月台風のために建物が倒壊したので、松之坊は寺社再建不可能のために寺社地を村方へ返還した。 そこで村方一同は協議の末、江戸本所石原に在った黄檗宗賢洲元養禅師に寺社建立のことを懇請 ...

覚苑寺

当山は長府藩主第三代毛利綱元公が、元禄11年(1698年)、黄檗山万福寺の第七代住持であった中国僧、悦山道宗禅師を勧請開山として迎え創建した黄檗宗の寺院です。 もともと、当山の前身は市内綾羅木にあった ...

大年寺

元禄9年(1696)11月、第四代仙台藩主伊達綱村公が鍬入れの式を行って茂ケ崎の地を拓き、宮城郡若林にあった廃寺小蓬山仙英寺の遺址を此処に移して新たに堂塔を建設し、両足山大年寺と號しました。同10年( ...

東光寺

吉就は慧極のために寺を建てようとしたが、当時は新寺の建立が禁止されていたので、下関(厚狭郡松谷村)の廃寺であった東光寺(本尊薬師如来)を、家臣の別荘地であった萩松本の土地を買い取って移した。この東光寺 ...

建福寺

当山は敕謚大光禅師覆庵宗己大和尚を歓請開山に頂き、開基は、慈雲意公首座和尚である。 開創は定かではないが東北横断自動車道遺跡調査報告15(木村舘跡)によると、天正11年木村領主木村越中守が滅亡後、三春 ...

西願寺

1654年に来日された中国僧隠元禅師によって創建された黄檗山萬福寺(京都府宇治市)を本山とする。 名僧の一人「一切経」の木版を苦作された鉄眼禅師の兄弟子で、治山治水に功績を残された鉄牛禅師を開山とする ...

常休寺

承応3年(1654)に中国から渡日した隠元隆琦禅師が、寛文元年(1661)宇治に開山した黄檗山萬福寺の第2代木庵性滔和尚の弟子、慧極道明和尚によって天和3年(1683)に再勧請開山された。 新田中野村 ...

大興寺

佐賀藩主、鍋島光茂公、綱茂公らの熱心な帰依を受けた、黄檗開祖隠元禅師の直弟子即非禅師の法嗣、桂巖禅師を開山禅師として勧請、諫早4代領主の奥方、伊勢姫「霊光院殿聴松實操大師」を開基、諫早家の佐賀での菩提 ...

祥雲寺

大慈山祥雲寺というお寺の名前は、1682年に定められ、一関藩を治めていた大名家、田村家の菩提樹です。開基は、仙台藩二代当主の伊達忠宗公(仙台藩初代、伊達政宗公の嫡子、次男)の側室であった房姫です。開山 ...

達磨寺

昔、碓氷川のほとりに観音様を祀るお堂がありました。 ある年の大洪水のあと、村人たちが川の中から香気のある古木を引き上げて霊木として観音堂に納めておきますと、延宝八年(1680)一了居士いちりょうこじと ...

護国山東輪寺

東輪寺は1674年(延宝二年)に、尾張二代藩主 徳川光友公によって創建された黄檗宗(禅宗)大本山萬福寺の直末寺院です。開山は、宗祖隠元禅師の高弟で、木庵禅師とならび黄檗の二甘露門と称された高僧・即非禅 ...

法雲寺

黄檗三傑の1人、慧極道明禅師によって寛文12年(1672年)に開山された黄檗堀出観音(秘仏)宗の中本山格の寺であります。山門・天王殿・大殿(本堂)・開山堂・耀先殿など、黄檗様式の建物群としてのまとまり ...



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