「 天台宗の出来事 」 一覧

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大教院開院

1873(明治六)年1月、大教院開院。明治維新当時、新政府は天皇を中心とした神道思想(大教(だいきょう))によって国をまとめあげようと考えました。これを人々に広めるために教導職(きょうどうしょく)が設 ...

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宗旨人別帳、寺請檀家制度廃止

1871(明治四)年4月、戸籍法改正され宗旨人別帳、寺請檀家制度廃止。 << 戻る

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神仏分離令、廃仏毀釈

1868(明治元)年3月、祭政一致の制を復活。政府神仏分離令出す。廃仏毀釈 によって、寺院仏像などの破却・焼打が各地で起こる。 << 戻る

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宗門改と寺請檀家制度を実施

1640(寛永一七)年、江戸幕府、宗門改役を設置し、宗門改と寺請檀家制度が実施される。宗旨人別帳作成。 << 戻る

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織田信長 比叡山延暦寺の焼き討ち

1571年、織田信長が比叡山延暦寺の焼き討ちを行い、一向一揆をしずめる。 << 戻る

善興寺第41世俊乗法師と蓮如上人

文明5年(1473)、善興寺第41世俊乗法師は、越前吉崎を拠点に北陸地方を巡教していた本願寺第8世の蓮如上人の教化に遇い、浄土真宗に帰依します。 << 戻る

補陀落渡海のはじまり

868年11月3日、慶龍上人が熊野那智より渡海したのが一番古い記録です(「熊野年代記」)。補陀洛山寺は「補陀落渡海(ふだらくとかい)」の出発点だったことで知られています。 「補陀落」とはサンスクリット ...

伝教大師の諡号が贈られる

貞観8(866)年、清和天皇より最澄上人に伝教大師の諡号が贈られました。大師号も日本ではこれが最初です。 << 戻る

相応和尚

相応和尚(天長8年(831年)~延喜18年11月3日(918年12月8日))は近江国浅井郡の出身で、孝昭天皇の第一皇子天帯彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)の子孫と伝えられています。15 ...

中院の建立

天長7年(830)伝教大師最澄の弟子、慈覚大師円仁が、芳道仙人の古跡であった仙波の霊場を天皇に奏上。あらためて一寺を建立し、星野山無量寿寺仏地院の勅号を賜りました。 << 戻る

延暦寺という寺号を授けられる

弘仁14(824)年、嵯峨天皇は最澄上人の死を惜しまれ、延暦寺という寺号を授けられました。このときから比叡山寺(日枝山寺)から延暦寺とよばれるようになりました。年号を寺号にしたのは、日本ではこれが最初 ...

最澄上人の遷化

弘仁13(822)年6月4日、最澄上人は比叡山の中道院において56歳で遷化されました。その7日後、最澄の悲願であった大乗戒壇院の建立を許される詔が下されました。 天台宗の年分度者が認可されたあとも、奈 ...

天台法華宗年分学生式を奏上

弘仁9(818)年5月13日、『天台法華宗年分学生式』(てんだいほっけしゅうねんぶんがくしょうしき)(『六条式』『山家学生式』(さんげがくしょうしき)とも)を天皇に奏上しました。そこには、比叡山での教 ...

天台宗が公認される

延暦25(806)年、華厳宗・律宗・三論宗(成実宗含む)・法相宗(倶舎宗含む)に天台宗を加えて十二名の年分度者が許されることになり、天台宗が公認されました。このころ、最澄上人は空海から、真言、悉曇(梵 ...

最澄上人、中国で修行し帰国

中国に着いた最澄上人は、今の浙江省天台県に位置する天台山に赴き、修禅寺の道邃(どうずい)・仏隴寺の行満(ぎょうまん)に天台教学を学び、道邃より大乗菩薩戒を受けます。その後禅林寺の翛然(しゅくねん)より ...

最澄上人、遣唐使船で中国に渡る

延暦21(802)年、桓武天皇より入唐求法(にっとうぐほう)の還学生(げんがくしょう、短期留学生)に最澄上人が選ばれ、延暦23(804)年7月、遣唐使船で中国に渡りました。当時、中国に渡るのは命がけの ...

最澄上人、一乗止観院を建立

延暦7年(788)年、最澄上人は薬師如来を安置する一乗止観院を建立します。現在の総本堂・根本中堂にあたります。 << 戻る

最澄上人、具足戒を受ける

最澄上人は奈良の都に行き、さらに勉学を積みました。そして延暦4(785)年、東大寺で具足戒を受けました。受戒後、比叡山に籠り一人修行を続けます。 << 戻る

最澄上人の得度

宝亀9(778)年、12歳のとき、近江の国分寺(現在の大津市石山)に入り行表の弟子となりました。宝亀11(780)年11月12日、14歳で国分寺僧補欠として得度し、「最澄」という名前をいただきました。 ...

最澄上人誕生

伝教大師 最澄上人は、神護景雲元(767)年8月18日、現在の滋賀県大津市坂本の一帯を統治していた三津首百枝(みつのおびとももえ)の子として誕生しました。俗名は広野(ひろの)です。 << 戻る

青岸渡寺 建立

推古天皇の時代(554年~628年)、大和の生佛上人が来山し、一丈(3m)の如意輪観世音を彫み、裸形上人が感得した八寸の観音菩薩を胸佛に納め推古天皇の勅願所として正式に本堂が建立された。 << 戻る

智顗

智顗(ちぎ)(538年〜597年)はその晩年を杭州の南の天台山で過ごし、弟子の養成に努めたことから「天台大師」と諡(おくりな)され、またその教学は天台教学と称されました。これが天台宗の起源であり、智顗 ...

青岸渡寺 開基

開基は仁徳天皇の時代(350年~450年の間頃)、印度天竺の僧、裸形上人が那智大滝において修行を積みその暁に滝壷で八寸の金製の如意輪観音を感得し、ここに草庵を営んで安置したのが最初です。 << 戻る

補陀洛山寺 開基

開基は仁徳天皇の時代(350年~450年の間頃)、インドから漂着した裸形上人が開いた。 << 戻る



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