【仏教用語/人物集 索引】

『正法眼蔵随聞記』77、三覆して後に云え

投稿日:1235年6月11日 更新日:

示して云く、「三覆して後に云え。」と云う心は、おおよそ物を云わんとする時も、事を行わんとする時も、必ず三覆して後に言い行うべし。先儒多くは三たび思いかえりみるに、三たびながら善ならば云い行なえと云うなり。宋土の賢人等の心は、三覆をばいくたびも覆せよと云うなり。言よりさきに思い、行よりさきに思い、思う時に必ずたびごとに善ならば、言行すべしとなり。衲子もまた必ずしかあるべし。我れながら思う事も云う事も、主にも知られずあしき事もあるべき故に、先ず仏道にかなうや否やとかえりみ、自他の為に益ありやいなやと能々思いかえりみて後に、善なるべければ、行いもし言いもすべきなり。行者もしこの心を守らば、一期仏意にそむかざるべし。

昔年建仁寺に初めて入りし時は、僧衆随分に三業を守って、仏道のため利他のためならぬ事をば言わじ、せじと各々心を立てしなり。僧正の余残ありしほどは是のごとし。今年今月はその儀なし。

今の学者知るべし、決定して自他の為め仏道の為に詮あるべき事ならば、身を忘れても言いもしは行いもすべきなり。その詮なき事をば言行すべからず。
宿老耆年の言行する時は、末臘にては言を交じうべからず。仏制なり、能々是れを忍ぶべし。
身を忘れて道を思う事は俗なおこの心なり。

昔、趙の藺相如と云いし者は、下賤の人なりしかども、賢によりて趙王にめしつかわれて、天下を行いき。
趙王の使として趙璧と云う玉を秦国へつかわされしに、かの璧を十五城にかえんと秦王云いし故に、相如に持たしめてつかわすに、余の臣下議して云く、「これほどの宝を相如ほどのいやしき人に持たせてつかわす事、国に人なきに似たり。余臣の恥なり。後代のそしりなるべし。路にしてこの相如を殺して玉を奪い取れ。」と議しけるを、時の人、相如にかたりて、

「この使を辞して命を守るべし。」と云いければ、
相如云く、「某甲敢て辞すべからず。相如、王の使として玉を持ち秦に向かうに、倭臣の為に殺さると後代に聞えん、我がために悦びなり。我が身は死すとも、賢の名は残るべし。」と云って、終に向かいぬ。

余臣この言を聞いて、「我等この人をうちえん事あるべからず。」とて留まりぬ。
相如、ついに秦王にまみえて、璧を秦王に与えしに、秦王十五城を与えまじき気色を見て、はかり事を以て秦王に語って云く、「その玉、きずあり、我れ是れを示さん。」と云って、玉を乞い得て後相如云く、「王の気色を見るに、十五城を惜しめる気色あり。然れば我が頭この玉をもて銅柱にあててうちわりてん。」と云って、怒れる眼を以て王を見て、銅柱のもとによる気色、まことに玉をも犯しつべかりし。
時に秦王云く、「汝玉をわる事なかれ。十五城与うべし。相はからわんほど、汝璧を持つべし。」と云いしかば、相如ひそかに人をして璧を本国にかえしぬ。

また澠池にして趙王と秦王と共にあそびしに、趙王は琵琶の上手なり。秦王命じて弾ぜしむ。趙王相如にも云い合わせずして即ち琵琶を弾ぜし時に、相如、命に従える事をいかりて、我れ行きて秦王に簫を吹かしめんとて、秦王に告げて云く、「王は簫の上手なり。趙王聞かんと願う。王、吹き給うべし。」と云いしかば、秦王是れを辞せしかば、

相如云く、「もし辞せば王をうつべし。」と云って近づく。時に秦の将軍剣を以て近づきよる。相如これをにらむ。両目のほころびさけにけり。将軍剣をぬかずして帰えりしかば、秦王ついに簫を吹くと云えり。

また後に、大臣として天下を行いし時に、かたわらの大臣我れにかさむ事をそねみて打たんとす。時に相如、所々ににげかくれ、わざと参内の時は参会せず、おぢおそれたる気色なり。
時に相如が家人、「かの大臣を打たん事、やすき事なり。何の故にかおぢかくれ給う。」

相如云く、「我れ彼れをおづるにあらず。我れ目をもて秦の将軍をも退け、秦の玉をも奪いき。彼の大臣打つべき事、云うにもたらず。然れども、軍をおこし、つわものを集むる事、敵国のためなり。今、左右の大臣として国を守る、もし二人中をたがいて軍を興さば、一人死せば隣国の一方かけぬる事をよろこびて、軍を興すべし。故に二人ともに全くして国を守らんと思うによって、かれと軍を興さず。」と。

彼の大臣、この言をかえり聞いて恥じて来り拝して、二人和して国を治む。
相如、身を忘れ道を存ずる事是の如し。今仏道を存ぜん事も、かの相如が心の如くなるべし。「もし道有りては死すとも、道無うしていくる事なかれ。」と云うなり。

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『正法眼蔵随聞記』

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