知らずんばあるべからず。想うべし莆菜能く聖胎を養い、能く道芽を長ずることを。賤しと為すべからず、軽ろしと為すべからず。人天の導師、莆菜の化益を為すべき者なり。又た衆僧の得失を見るべからず、衆僧の老少を顧みるべからず。自猶お自の落処を知らず、佗争でか佗の落処を識ることを得んや。自の非を以て佗の非と為す、豈に誤らざらんや。耆年晩進、其の形異なりと雖も、有智愚朦も、僧宝是れ同じ。
また昨は非なるも今は是、聖凡誰か知らん。『禅苑清規』に云く、「僧は凡聖と無く十方に通会す。」と。若し一切の是非有るも、之を管すること莫れ。志気那ぞ直趣無上菩提の道業に非らざらんや。如し向来の一歩を錯らば、便ち対面して蹉過せん。古人の骨髄、全く恁のごときの功夫を作すの処に在り。後代当職を掌るの兄弟も、また恁のごときの功夫を作して始めて得ん。百丈高祖の規縄、豈に虚然ならんや。
※このページは学問的な正しさを追求するものではありません。前知識のない一般の方でも「読んでみよう!」と思ってもらえるよう、より分かりやすく読み進めるための功夫をしています。漢字をひらがなに、旧字体を新字体に、送り仮名を現代表記に、( )にふりがなをつけるなど、原文に忠実ではありません。
1、職を勤める姿が仏の姿
2、心が整えば味も整う
3、米を洗うことも修行のうち
4、心を他のことに移さない
5、菜っ葉も伽藍も上下なし
6、よし悪しの隔てなく授かる心
7、一茎菜を拈じて、丈六身と作し
8、ことに見合った細かい心配り
9、食べることも仏法を行じていること
10、他人のしたことは自分のしたことにならない
11、よく自分のことを勤める
12、学問も修行も天地のいのちに気づくこと
13、まず心をこめて行ずること
14、修行は日々の足下にある
15、すべて行ずることが仏事
16、自他の境をとりはずす
17、ただ自然に変わっていくだけ
18、自然のまま喜びの心で引き受ける
19、親心は無償の心
20、天地の寸法は隔たりがない
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