「 鎌倉時代 」 一覧

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南北朝の対立

1336年、南北朝の対立。 南朝・・・後醍醐天皇は吉野にのがれ、そこで政治を続けようとした。 北朝・・・京都に入った足利尊氏は、新しい天皇をむかえた。 << 戻る

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足利尊氏が挙兵

1335年、足利尊氏が挙兵。 << 戻る

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建武の新政

1334年、建武の新政。後醍醐天皇が、公家と武士を統一して天皇中心の政治を始める。しかし、その政治は貴族(公家)を重んじ、武士への恩賞も少なかったので、武士の間に天皇の政治への不満が高まった。 <<  ...

日什上人、比叡山での修行

日什上人は15歳の時相次いで両親を亡くされ、1333年(正慶2年)19歳の時に出家して比叡山横川の慈遍僧正(吉田兼好の兄)のもとに入室・出家し、名を玄妙と改めて勉学修行を行いました。1352年(文和元 ...

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鎌倉幕府が滅びる

1333年、鎌倉幕府が滅びる。楠正成・新田義貞・足利尊氏らが後醍醐天皇に味方。 << 戻る

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後醍醐天皇が隠岐に流される

1332年、後醍醐天皇が隠岐に流される。 << 戻る

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元弘の変

1331年、元弘の変。後醍醐天皇が鎌倉幕府を討とうとしたが、失敗。 << 戻る

瑩山禅師、入寂

正中2(1325)年、永光寺を明峰素哲禅師に任せた後、9月29日(陰暦では8月15日)に58歳で入寂されました。曹洞宗一仏両祖のうち、瑩山禅師を太祖と尊称されています。 << 戻る

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正中の変

1324年、正中の変。 << 戻る

瑩山禅師、永光寺に退隠

正中元(1324)年8月、總持寺を峨山紹碩禅師に譲り、永光寺に退隠します。 << 戻る

總持寺は官寺となり一宗の大本山となる

元亨2(1322)年、後醍醐天皇より瑩山禅師に信仰上の10種の勅問を下されました。これに対する禅師の奉答により、同年8月28日、總持寺は「曹洞出世の道場に補任」されて官寺となり、一宗の大本山たることが ...

法明上人による融通念仏復興

元亨元年(1321) 11月15日夜、深江の草庵で法明上人の前に石清水八幡大士が来現して、「永らく融通念仏の法燈を伝授する器を待っていたが、あなたこそその人材である」と告げ融通念仏の口伝を授与し、その ...

日像上人 妙顕寺を創建

元亨元年(1321)、日像上人によって妙顕寺は創建されました。洛中における日蓮宗最初の寺院です。日像上人は追放や迫害といった数々の法難を乗り越え、粘り強い布教を続け、後醍醐天皇より法華経布教の勅旨を賜 ...

瑩山禅師、諸嶽山總持寺へ

元亨元(1321)年、定賢律師の請いにより能登郡櫛比庄(現在の石川県輪島市)の諸嶽観音堂を譲り受け、寺名を諸嶽山總持寺(そうじじ)と改めました。 << 戻る

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後醍醐天皇が即位

1318年、後醍醐天皇が即位。 << 戻る

大徳寺派(本山大徳寺(京都))の開派

正和4(1315)年、宗峰妙超禅師により始まる。大徳寺派(楊岐派の禅)。 << 戻る

瑩山禅師、永光寺開山/坐禅用心記

正和2(1313)年、能登(石川県)に永光寺(ようこうじ)を開き、そこで『坐禅用心記(ざぜんようじんき)』を撰述しました。坐禅の心得を説いた指導書で、『普勧坐禅儀』とともに参禅する者にとって欠くことの ...

瑩山禅師、浄住寺開山

応長元(1311)年、加賀の浄住寺を開きます。 << 戻る

瑩山禅師、大乗寺2世に

乾元元(1302)年、35歳のときに大乗寺2世の住職となり、明峰素哲、峨山紹碩といった弟子達が集まるようになりました。 << 戻る

国泰寺派(本山国泰寺(富山高岡))の開派

正安2(1300)年頃、慈雲妙意禅師により始まる。国泰寺派(楊岐派の禅)。 << 戻る

伝光録

正安元(1299)年、加賀の大乗寺に戻り、正安2(1300)年、義介禅師の代理として大乗寺の修行僧に対し釈尊以来五十三祖の機縁を提唱し、後に『伝光録』としてまとめられます。 坐禅の仏法が釈尊からインド ...

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幕府が徳政令を出す

1297年、幕府が徳政令を出し、御家人の困窮を救う(永仁の徳政令)。 << 戻る

瑩山禅師、道元禅師の袈裟を伝授される

永仁3(1295)年1月14日、義介禅師より道元禅師が自ら縫われた袈裟を伝授されました。その後、阿波国海部郡司が開基した城満寺(現在の徳島県海部郡海陽町)に迎えられ開山となり、また、肥後(熊本県)の大 ...

瑩山禅師、印可を受ける

永仁2(1294)年、上堂にて「平常心是道」の逸話を聞いて大悟され、義介禅師より印可を受けました。 << 戻る

南禅寺派(本山南禅寺(京都))の開派

正応4(1291)年、無関普門禅師により始まる。臨済宗南禅寺派(楊岐派の禅)。 << 戻る

一遍上人示寂

正応2年(1289)8月23日、一遍上人51歳の時。神戸の観音堂(現・神戸市兵庫区、真光寺)において時衆や信者らに見守られながら静かに示寂されます。数多く残される遊行姿の肖像画や銅像からは、辛く厳しい ...

瑩山禅師、三代相論により大乗寺に移る

正応2(1289)年春、三代相論により永平寺を下山した義介禅師に従い加賀(現在の石川県金沢市)の大乗寺に移る。 << 戻る

日蓮聖人御尊像の造立

正応元年(1288)、池上本門寺大堂に奉安されている日蓮聖人御尊像(重要文化財)が、六老僧の1 人日持聖人らによって造立される。日朗聖人は、自らが布教活動の拠点としていた鎌倉比企谷の長興山妙本寺と池上 ...

唯円上洛

1288(正応元)年(冬)、常陸国河和田の唯円上洛。この前後に『歎異抄』あらわされる。 << 戻る

瑩山禅師、諸国行脚へ

弘安8(1285)年1月、諸国行脚(あんぎゃ)の途に入り、越前大野の宝慶寺(ほうきょうじ)の寂円禅師、京都・万寿寺の宝覚禅師、東福寺の東山湛照や白雲恵暁禅師などさまざまな諸師に訪ね、また比叡山に上って ...

日蓮聖人の入滅

弘安5(1282)年9月8日、日蓮聖人は常陸へ湯治に向かうため下山し、途中、養体が悪化し、9月18日に武蔵国池上宗仲公の邸(東京都大田区池上 = 現在の池上本門寺)に留まることになりました。10月8日 ...



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