【仏教用語/人物集 索引】

『正法眼蔵随聞記』34、今の世、出世間の人

投稿日:1235年6月11日 更新日:

夜話に云く、今の世、出世間の人、多分は善事をなしては、かまえて人に識られんと思い、悪事をなしては人に知られじと思う。これに依って内外不相応の事出来たる。相構えて内外相応し、誤りを悔い、実徳を蔵して、外相を荘らず、好事をば他人に譲り、悪事をば己に向かうる志気有るべきなり。

問うて云く、実徳を蔵し外相を荘らざらんこ事、実に然るべし。但し、仏菩薩の大悲は利生を以て本とす。無智の道俗等、外相の不善を見て是れを謗難せば、謗僧の罪を感ぜん。実徳を知らずとも外相を見て貴び供養せば、一分の福分たるべし。是れらの斟酌いかなるべきぞ。

答えて云く、外相を荘らずと云って、即ち放逸ならば、また是れ道理にたがう。実徳を蔵すと云って在家等の前に悪行を現ぜん、また是れ破戒の甚しきなり。ただ希有の道心者の由を人に知られんと思い、身にある失を人に知られじと思う。諸天善神及び三宝の冥に知見する処を愧じずして、人に貴びられんと思う心を誡むるなり。ただ時に臨み事に触れて興法の為め利生の為、諸事を斟酌すべきなり。

「擬して後言い、思うて後行じて卒暴なる事なかれ。」となり。所詮は一切の事に臨みて、道理を案ずべきなり。

念々に留まらず日々遷流して、無常迅速なる事、眼前の道理なり。知識経巻の教を待つべからず。念々に明日を期する事なかれ。当日当時、許と思うて、後日は甚だ不定なり、知り難ければ、ただ今日ばかりも身命の在らんほど、仏道に順ぜんと思うべきなり。仏道に順ぜん者は、興法利生の為に、身命を捨て諸事を行じもてゆくなり。

問うて曰く、仏教のすすめに順って乞食等を行ずべきか、如何。
答えて云わく、然るべし。ただし、是れは土風に順って斟酌あるべし。なにとしても、利生も広く、我が行も進むかたに就くべきなり。是れらの作法、道路不浄にして、仏衣を着けて行歩せば穢つべし。また人民貧窮にして次第乞食も叶うべからず。行道も退くべく、利益も広からざるか。ただ土風を守って、尋常に仏道を行じ居たらば、上下の輩自ら供養を作すべし。自行化他成就せん。
是の如き事も、時に臨み事に触れて、道理を思量して、人目を思わず自の益を忘れ、仏道利生の方によきように計らうべし。

⇒ 続きを読む ⇒ 目次(はじめに戻る)

※このページは学問的な正確性を追求するものではありません。前知識のない一般の方でも「読んでみよう!」と思ってもらえるよう、より分かりやすく読み進めるために編集しています。漢字をひらがなに、旧字体を新字体に、送り仮名を現代表記に、( )にふりがなをつけるなど、原文に忠実ではない場合があります。

『正法眼蔵随聞記』

<< 戻る

-仏教を本気で学ぶ
-, , , , , , ,



Copyright © 1993 - 2024 寺院センター All Rights Reserved.