【仏教用語/人物集 索引】

『伝光録』第三十八祖。洞山悟本大師。

投稿日:2004年1月12日 更新日:

【本則】

第三十八祖。洞山悟本大師。参雲巌問云。無情説法什麼人得聞。巌曰。無情説法無情得聞。師曰。和尚聞否。巌曰。我若得聞汝即不得聞吾説法也。師曰。若恁麼即良价不聞和尚説法也。巌曰。我説法汝尚不聞。何況無情説法也。師於此大悟。乃述偈呈雲巌曰。也大奇也大奇。無情説法不思議。若将耳聴終難会。眼処聞声方得知。巌許可。

【機縁】

師諱良价。会稽人也。姓兪氏。幼歳従師念般若心経。至無眼耳鼻舌身意処。忽以手捫面問師曰。某甲有眼耳鼻舌等。何故経言無。其師駭然異之曰。吾非汝師。即指往五洩山礼黙禅師披剃。年二十一詣嵩山具戒。母の為に愛子として。兄亡し。弟貧し。父またさきだちて亡じき。一度空門をしたふて。ながく老母を辞して。誓曰。我道を得ずんば再ひ古郷にかへらじ。又親を拝せじと。かくのごとく誓ひて郷里を辞す。卒に参学事了て。のちに洞山に住す。母一子にはなれて他の覆育なきに似たり。日日随て師を尋ねて。卒に乞丐の中にまじはりて。経行往来す。わが子洞山に住すとききて。慕てここにゆき。見んとするに。洞山かたく辞して。方丈室を鎖して不入。相見を許さざるがため也。是によりて母恨みて終に室外にして愁死す。死して後洞山自ら往て。かの乞丐し持るところの米粒参合あり。これをとりて常住の朝粥に和して。一衆に供養せしめて。以て雲程を弔。不久して其の母洞山の為に夢につげて曰く。汝志を守ること堅くして。我を不見によりて。愛執の妄情立処に断へ。彼の善根力によりて。我忉利天に生じたりと。

【拈提】

祖師いづれも其徳勝劣なしといへども。洞山は此の門の曩祖として。殊に宗風を興せしこと。如是親を辞し深く志を守りしちからなり。参学のそのかみ。最初参南泉会。値馬祖諱辰。修齋次泉問衆曰。来日設馬祖齋。未審馬祖還来否。衆皆無対。師出対曰。待有伴即来。泉曰。此子雖後生甚堪雕琢。師曰。和尚莫厭良為賤。次参潙山。問曰。頃聞南陽忠国師。有無情説法話。某甲未究其微。潙曰。闍黎莫記得麼。師曰。記得。潙曰。汝試挙一遍看師遂挙。僧問。如何是古仏心。国師曰。墻壁瓦礫是。僧曰。墻壁瓦礫豈不是無情。国師曰是。僧曰。還解説法否。国師曰。常説熾然説無間歇。僧曰。某甲為甚麼不聞。国師曰。汝自不聞。不可妨他聞者。僧曰。未審甚人得聞。国師曰。諸聖得聞。僧曰。和尚還聞否。国師曰。我不聞。僧曰。和尚既不聞。争知無情解説法。国師曰。頼我不聞。我若聞即齊於諸聖。汝即不聞我説法也。僧曰。恁麼則衆生無分去也。国師曰。我為衆生説。不為諸聖説。僧曰。衆生聞後如何。国師曰。即非衆生。僧曰。無情説法拠何典教。国師曰。灼然言不該典。非君子所談。汝豈不見。華厳経云。刹説衆生説。三世一切説。師挙了。潙曰。我這裏亦有。祇是罕遇其人。師曰。某甲未明。乞師指示。潙竪起払子曰。会麼。師曰。某甲不会。請和尚説。潙曰。父母所生口終不為子説。師曰。還有与師同時慕道者否。潙曰。此去澧陵攸縣。石室相連。有雲巌道人。若能撥草瞻風。必為子之所重。師曰。未審此人如何。潙曰。他会問老僧。学人欲奉師去時如何。老僧対他道。直須絶滲漏始得。他道還得不違師旨也無。老僧道。第一不得道老僧在這裏。師遂辞潙山径造雲巌挙前因縁了便問。無情説法甚麼人得聞。巌曰。無情得聞。師曰。和尚聞否。巌曰。我若聞汝即不聞我説法也。師曰。某甲為甚麼不聞。巌竪起払子曰。還聞麼。師曰。不聞。巌曰。我説法汝尚不聞。豈況無情説法乎。師曰。無情説法該何典教。巌曰。豈不見弥陀経曰。水鳥樹林。悉皆念仏念法。師於此有省。此因縁国師会興来。終著実雲巌処。乃述偈曰。也太奇也大奇乃至眼処聞時方得知。師問雲巌。某甲有余習未尽。巌曰。汝会作甚麼来。師曰。聖諦亦不為。巌曰。還歓喜也未。師曰。歓喜則不無如糞掃堆頭拾得一顆明珠。師問雲巌。擬欲相見時如何。曰問取通事舍人。師曰。見問次。曰向汝道甚麼。師辞雲巌去時。問曰。百年後忽有人。問還貎師真否。如何祇対。巌良久曰。祇這是。師沈吟。巌曰。价闍黎承当箇事。大須審細。師猶渉疑。後因過水覩影大悟前旨。有偈曰。切忌従他覓。迢迢与我疎。我今独自往。処処得逢渠。渠今正是我。我今不是渠。応須恁麼会方得契如如。洞山一生参学事了。疑滯速離。因縁正是也。抑此無情説法因縁。有南陽張濆行者。問国師曰。伏承和尚道無情説法。某甲未体其事。乞和尚垂示。師曰。汝若問無情説法。解他無情方得聞我説法。汝但聞取無情説法去。濆曰。只約如今有情方便之中。如何是無情因縁。師曰。如今一切動用之中。但凡聖両流。都無少分之起滅。便是幽幽の字伝灯国師の章に出になる。字形似たるゑへに。あやまるか。下の講解すべて幽の字にて説示し玉ふ識不属有無。熾然見覚。只聞無其情識繋執。所以六祖曰。六根対境分別非識。是即談南陽無情説法樣子也。即曰。一切動用之中。但凡聖両流。都無少分起滅。便是幽識不属有無。熾然見覚す。然るを尋常に人おもはく。無情といふは墻壁瓦礫灯籠露柱ならんと。いま国師の道取のごときは不然。凡聖の所見未分。迷悟の情執未発。いはんや情量分別の計度にあらず。生死去来の動相にあらず。幽識あり。実にこの幽識熾然として見覚す。情識の繋執にあらず。ゆへに洞山も応須恁麼会方得契如如。いたるところひとりみづからゆくとしらば。一切如如にかなはざるときなし。ゆへに古人曰。かつて如の外の智の如のために証せらるるなく。智の外の如の智のために修せらるるなし。如如不動にして。了了常知なり。ゆへにいふ。円明の了知心念によらず。熾然の見覚すなはち繋執にあらず。潙山曰。父母所生曰。終不為子説。又曰く。衆生きくことをゑば衆生にあらずと。かくのごとく諸師の提訓をうけて。真箇の無情を会せし。ゆへに一門の曩祖として恢に宗風をおこす。然れば諸人者子細に熟看して。この幽識熾然に見覚しきたる。これを無情といふ。声色の馳走なく。情識の繋縛なきゆへに。因て無情といふ。実にこれ子細にかの道理を説取せるなるべし。ゆへに無情ととくをききて。みたりに墻壁の解をなすことなかれ。ただ汝等ち情念惑執せず。見聞みだりに分布せざるとき。かの幽識明明として暗からず。了了として明らかなり。このところとらんとすれどもうることなし。色相をおびざるゆへにこれ有にあらず。捨てんとすれども離るることなし。遠劫よりともない来るゆへに無にあらず。なほ識知念度の情にあらず。なにいはんや四大五蘊をおびんや。ゆへに宏智いはく。情量分別を離て智あり。四大五蘊にあらずして身ありと。すなはち恁麼の幽識なり。常説熾然といふは。いはゆる時としてあらはれずといふことなきこれを説といふ。かれをして揚眉瞬目せしめ。かれをして行住坐臥せしむ。造次顛沛。死此生彼。飢へ来れば喫飯し。困し来れば打眠す。みな悉く説なり。言語事業動止威儀。かさねてこれ説なり。有言無言の説のみにあらず。すべて堂堂として来り。明明として覆蔵せざるものあり。蝦なき蚯蚓なくにいたるまで。一切あらはれきたるゆへに。常説熾然。説無間歇なり。子細に見得せば。かならず後日洞山高祖のごとく。他の為に模範となることをゑん。且く如何が此の道理を説取せん。

【頒古】

微微幽識非情執。平日令伊説熾然。

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