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檀那寺(だんなじ)
檀那寺とは、現代では先祖の位牌を預けたり、そこでお葬式や法事を依頼する自分のお寺のことを檀那寺と呼びます。所属する信徒は、檀家や檀徒などと呼ばれます。 この「檀那」は梵語「ダーナ」の音訳 ...
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宗門改(しゅうもんあらため)
宗門改とは、江戸時代に幕府が禁教令の発布に伴い、キリシタンの摘発を目的に設けた制度です。家ごと、個人ごとに仏教信者であることを檀那寺に証明させたもので、その檀家の家族全員について、出生地 ...
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茶渋や水垢
2020/09/17 -仏教を本気で学ぶ
コップや器 普段使うものも いつも同じじゃない 茶渋や水垢が いつの間にか 積み重なる 人にとっては 余計なものに 見えるけど 小さな ちいさな 積み重ねが この世界をつくっている だか ...
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思い上がることのない者
自分が他人より優れていると思う慢心がない人のこと。または、家柄や家筋、生まれや家系、経歴といったことについて、自分の方が優れていると思って他人を見下すことがない人のこと。 ・「究極の理想に通じた人が、 ...
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平安の境地
以下のように使われる場合、例えば、仙人が住んでいる奥深い静かな場所を示す。 ・「究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達して為すべきことは、次のとおりである。能力あり、直く、正しく、言葉優しく、柔和 ...
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究極の理想
以下の例にある「究極の理想」(attha)とは、「人のためになること」をいう。涅槃のことを示すと考えられている。 ・「究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達して為すべきことは、次のとおりである。能 ...
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十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)
・不殺生戒(殺さない) ・不偸盗戒(盗まない) ・不貪婬戒(犯さない) ・不妄語戒(誤ったことをいわない) ・不酤酒戒(酒に溺れない) ・不説過戒(他人の過ちを説かない) ・不自讚毀他戒(自らを褒め他 ...
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二度生まれるもの
二度生まれるもの(dija)とは、卵生の生物のこと。一度卵として生まれ、次に孵化するからこのように言う。鳥など。 ・「一度生まれるものでも、二度生まれるものでも、この世で生きものを害し、生きものに対す ...
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一度生まれるもの
一度生まれるもの(ekaja)とは、胎生の動物のこと。 ・「一度生まれるものでも、二度生まれるものでも、この世で生きものを害し、生きものに対するあわれみのない人、彼を賤しい人であると知れ。」(スッタニ ...
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幸せな世界を体得する
・「世の中にはこのような破滅のあることを考察して、賢者・すぐれた人は真理を見て、幸せな世界を体得する。」(スッタニパータ 115偈) 今、生きているこの場所に幸せな世界が存在すると気付いた境地が「幸せ ...
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境
2020/09/16 -仏教を本気で学ぶ
この世界には 境があって 境がない 抽象的に見るか 具体的にどうなっているか その度合いによって 境が見え隠れする どちらかのみ 信頼すると 失敗してしまう ネットがある生活 便利かもし ...
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草の勝ち
2020/09/15 -仏教を本気で学ぶ
しゃがんで 草抜きをしていたせいか 左足の 疲労感が取れない 足の回復よりも 草がのびる方が早い どうにも 皮肉なようだけれど そうやって 草も 生存競争を 勝ち抜いてきたのだろう 手で ...
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廃寺(はいじ)
廃寺とは、廃止されたお寺、またはお寺を廃止することです。経済的、政策的、天災、戦争など、様々な理由でお寺は廃止されてきました。地方の人口減少による廃寺(経済的)、明治時代の廃仏毀釈による ...
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蜂
2020/09/15 -仏教を本気で学ぶ
障子の向こう側で 物音がする 外かな いや 中だ どうやら 蜂が 入り込んだ 外に面した 廊下の窓を開ける 蜂は こっちにこない 目の前の 光に向かって 外に出ようとするのみ ちょっと待 ...
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今日よく読まれている記事
2020/09/15 -仏教を本気で学ぶ
今日よく読まれている記事 を表示している パソコンなら右側に スマホなら下側に 表示される 日によって 傾向が全然違う 時々 のぞいては その日 需要があるページの 情報を追加している ...
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お寺の情報
2020/09/15 -仏教を本気で学ぶ
お寺の情報 ネット上には いろいろある 間違うのは 仕方ないけれど そのままにはしたくない 住所や地図を 載せることがあるけれど どちらも変わる ずっと 同じじゃない そもそも 間違った ...
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暮らし
2020/09/15 -仏教を本気で学ぶ
水は 高いところから 低いところへ流れる そんなこと 当たり前だと言う でも 当たり前のことが 当たり前のように できないのが 人だ 流し台やお風呂の水回り 濡れたままだと 水垢が残る ...
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生活
2020/09/14 -仏教を本気で学ぶ
流し台横の 洗い物トレー 今日は つまようじで 細かい汚れまで 取ってもらったから きれいでしょ と 夕食準備に忙しく そんなことは忘れていた 私の視線を奪う 私も きれいにした甲斐があ ...
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無駄にはならない
2020/09/14 -仏教を本気で学ぶ
お寺のブログやSNS コロナ禍の 坐禅や写経 イベント情報 中止や休みで 途絶えてる 何だか さみしい気がするけれど 仕方ないのか 他に 手立てがないのか 続けてきたものが 止まってしま ...
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勧請開山(かんじょうかいさん)
勧請(かんじょう)とは、仏、神や高僧に、お願いして来ていただくことです。 開山(かいさん)とは、お寺を創建することですが、転じて創建したお寺の初代住職も指します。 よって、勧請開山(かん ...
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ガンダーラ美術
ガンダーラ美術とは、1世紀後半から数世紀にわたって、パキスタンの北西地方からアフガニスタン東部におよぶ地域で行われていた仏教美術です。仏教寺院を荘厳にするため制作された一連の彫刻類に代表 ...
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吉祥天女(きちじょうてんにょ)
2020/09/13 -仏教を本気で学ぶ
き, 仏像便り, 吉祥天女, 浄瑠璃寺-京都府木津川市, 薬師寺-奈良県奈良市吉祥天女とは、毘沙門天(びしゃもんてん)の妻で、福徳をつかさどる女神です。古代インド神話から仏教に取り入れられた女神で、造形は唐(中国)の貴婦人の形をとられることが多いようです。絵画では ...
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呉音(ごおん)
呉音(ごおん)とは、漢字音の1つのことです。古代中国の呉・越地方の発音によったもので、仏教用語に多く使われています。 例えば、「正」を「ショウ」、「行」を「ギョウ」と読むなど。 << 戻 ...
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五重塔(ごじゅうのとう)
2020/09/13 -仏教を本気で学ぶ
こ, 五重塔, 仏像便り, 教王護国寺(東寺)-京都府京都市南区, 法隆寺-奈良県生駒郡五重塔(ごじゅうのとう)とは、仏教寺院の五重の屋根をもつ塔のことです。元来は仏舎利(ぶっしゃり・お釈迦様の遺骨)を安置するためのもので、インドのストゥーパが起源です。我が国最古は法隆寺の ...
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魚
2020/09/12 -仏教を本気で学ぶ
小さな魚 メダカだと思っていた魚 二匹 種類は まだはっきりしない 子どもの観察用の 水槽を時々洗っていると 粘液が 柔らかく 固まっている 汚れかなとも 思ったけれど 粘液だろうと 思 ...
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三蔵法師(さんぞうほうし)
三蔵法師(さんぞうほうし)とは、仏教の経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した高僧のことです。また、訳経僧を指していう場合もあります。 日本では中国の小説『西遊記』に登場する人物「三蔵法師」とし ...
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地獄(じごく)
(1)最初期の仏教の頃より、地獄とはこの世に見られるものだということが示されています。 ・「凡夫は欲望と貪りとに執著しているが、眼ある人はそれを捨てて道を歩め。この世の地獄を超えよ。」( ...
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巡礼(じゅんれい)
巡礼とは、信仰をもつ人が、聖地や寺・霊場を参拝して歩くことです。キリスト教・イスラム教・仏教の信徒の間で行われており、これらの地をおとずれると、多くのご利益があると信しんじられています。 ...
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浄土信仰(じょうどしんこう)
浄土信仰とは、阿弥陀仏の救いを信じ、死後、この世の穢土(えど・けがれた世界)を去って、仏の住む西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)に往生(おうじょう)することを願う信仰。浄土三部経( ...
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音
2020/09/12 -仏教を本気で学ぶ
ふと手を止めると 聴こえてくるのは 秋の虫 三種類くらい 確認できたところで ツクツクボウシが 混声 走り去る 車の音 はじめに聴こえてきた 鈴虫が まだ鳴いている 鳥も 二種類くらい ...
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ダライ・ラマ
チベット仏教(ラマ教)において、政治的な立場もかねる、宗教的きな最高指導者です。ダライ・ラマとは「大海のような徳をもった高僧」の意味の称号です。観音菩薩の化身といわれ、代々前代のダライ・ ...
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寺請制度(てらうけせいど)
寺請制度(てらうけせいど)とは、江戸時代に、どの家も仏教のいずれかの宗派に所属させ、寺院の檀家とした制度です。幕府がキリスト教禁止をねらいとして宗門改(しゅうもんあらため)を行ったことか ...