【仏教用語/人物集 索引】

『教行信証』化身土巻 - 末09

投稿日:1224年1月1日 更新日:

 『正法念経』に云わく、「人、戒を持たざれば、諸天減少し、阿修羅盛りなり。善龍、力無し。悪龍、力有り。悪龍、力有れば、則ち霜雹を降して、非時の暴風疾雨あり。五穀、登らず、疾疫、競い起こり、人民、飢饉す。互いに相残害す。若し人、戒を持てば、多く諸天、威光を増足す。修羅減少し、悪龍、力無し、善龍、力有り。善龍、力有れば、風雨、時に順じ、四気和暢なり。甘雨降りて、稔穀豊かなり。人民安楽にして、兵戈戦息す。疾疫、行ぜざるなり。」乃至

 君子曰わく、「道士大霄が『隠書』、元上が『真書』等に云わく、「元上大道君、治、五十五重無極大羅天の中、玉京の上、七宝台・金床・玉机に在り。仙童玉女の侍衛する所、三十二天三界の外に住す。」『神仙五岳図』を案ずるに云わく、「大道天尊は大玄都・玉光州・金真の郡・天保の県・元明の郷・定志の里を治す。災、及ばざる所なり。」『霊書経』に云わく、「大羅は是れ五億五万五千五百五十五重天の上天なり。」『五岳図』に云わく、「「都」は都なり。太上大道、道の中道、神明君最、静を守りて太玄の都に居り。」『諸天内音』に云わく、「天、諸仙と楼都の鼓を鳴らす。玉京に朝晏して、以て道君を楽しましむ」と。」

 道士の上ぐる所の経の目を案ずるに皆云わく、「宋人陸偱静に依りて一千二百二十八巻を列ねたり。」本、雑書諸子の名無し。而るに道士、今列ぬるに乃ち二千四十巻有り。其の中に多く『漢書』「芸文志」の目を取りて、忘りに八百八十四巻を註して、道の経論とす。乃至

 陶朱を案ずれば即ち是れ范蠡なり。親り越の王勾践に事えて、君臣、悉く呉に囚われて、屎を嘗め尿を飲んで、亦以て甚だし。又復、范蠡の子は斉に戮さらる。父、既に変化の術有らば、何ぞ以て変化して之を免るること能わざらん。『造立天地の記』を案ずるに称すらく、「老子、幽王の皇后の腹の中に託生す。」即ち是れ幽王の子なり。又、身、柱史たり。復た是れ幽王の臣なり。『化胡経』に言わく、「老子、漢に在りては東方朔とす。」若し審らかに爾らば、知りぬ。幽王、犬戎の為に殺せらる。豈に君父を愛して神符を与えて、君父をして死せざらしめざるべけんや。乃至 「陸偱静が『目録』を指す。既に正本無し。」何ぞ謬の甚だしきをや。然るに、偱静、目を為すこと、已に是れ大偽なり。今、『玄都録』、復た是れ偽中の偽なり。乃至」

 又云わく(弁正論)、「「『大経』(涅槃経)の中に説かく、「道に九十六種有り。唯仏の一道、是れ正道なり。其の余の九十五種に於いては皆是れ外道なり」と。朕、外道を捨てて、以て如来に事う。若し公郷有りて、能く此の誓に入る者は、各おの菩薩の心を発すべし。老子・周公・孔子等、是れ如来の弟子として化を為すと雖も、既に邪なり。止是れ世間の善なり。凡を隔てて聖と成ること能わず。公郷・百官・侯王・宗室、宜しく偽を反し真に就き、邪を捨て正に入るべし。

 故に経教、『成実論』に説きて云わく、「若し外道に事えて心重く、仏法は心軽し。即ち是れ邪見なり。若し心一等なる、是れ無記にして当たらず。」若し善悪、仏に事えて、孝子に強くして、心少なきは、乃ち是れ清信なり。「清」と言うは、「清」は是れ表裏倶に浄く、垢穢惑累、皆尽くす。「信」は是れ正を信じて邪ならざる故に、「清信仏弟子」と言う。其の余、等しく皆邪見なり。「清信」と称することを得ざるなり。」乃至「老子の邪風を捨てて、法の真教に入流せよとなり。」」已上抄出

 光明寺の和尚(善導)の云わく(法事讃)、「上方の諸仏、恒沙の如し。還りて舌相を舒べたまうことは、娑婆の十悪・五逆、多く疑謗し、邪を信じ鬼に事え神魔を餧しめて、妄りに想いて恩を求めて福有らんと謂えば、災障禍、横に転た弥いよ多し。連年に病の床枕に臥す。聾い盲い脚折れ手攣き撅る。神明に承事して此の報を得るものの為なり。如何ぞ捨てて弥陀を念ぜざらん」と。已上

 天台(智顗)の『法界次第』に云わく、「一には仏に帰依す。『経』(涅槃経)に云わく、「仏に帰依せん者、終に更って其の余の諸の外天神に帰依せざれ」と。又云わく(長阿含経)、「謂わく〔無きか〕、仏に帰依せん者、終に悪趣に堕せず」と云えり。二に法に帰依す。謂わく、大聖の所説、若しは教、若しは理、帰依し修習せよとなり。三に僧に帰依す。謂わく、心、家を出でたる三乗正行の伴に帰するが故に。『経』(涅槃経)に云わく、「永く復た更って其の余の諸の外道に帰依せざるなり」と。」已上

 慈雲大師(遵式)の云わく(楽邦文類)、「然るに、祭祀の法は、天竺には「韋陀」、支那には「祀典」といえり。既に未だ世を逃れず。真を論ずるは俗を誘うるの権方なり」と。文

 高麗の観法師(諦観)の云わく(天台四教儀)、「「餓鬼道」、梵語には「闍黎多」、此の道、亦諸趣に遍ず。福徳有る者は山林塚広神と作る。福徳無き者は不浄処に居し飲食を得ず、常に鞭打を受く。河を填ぎ海を塞ぎて、苦を受くること無量なり。諂誑の心意なり。下品の五逆・十悪を作りて、此の道の身を感ず」と。已上

 神智法師(従義)、釈して云わく(四教儀集解)、「餓鬼道は、常に飢えたるを「餓」と曰う。「鬼」の言は、尸に帰す。子の曰わく、「古は「人死」と名づく。帰人とす。」又、天神を「鬼」と云う。地神を「祇」と曰うなり。乃至 形、或いは人に似たり。或いは獣等の如し。心、正直ならざれば、名づけて「諂誑」とす」と。

 大智律師(元照)の云わく(盂蘭盆経疏新記)、「「神」は、謂わく、鬼神なり。総て四趣・天・修・鬼・獄に収む」と。

 度律師(戒度)の云わく(観経扶新論)、「魔は即ち悪道の所収なり」と。

 『止観』(摩訶止観)の「魔事境」に云わく、「二には魔の発相を明かすには、管属に通じて、皆、称して「魔」とす。細しく枝異を尋ぬれば、三種を出でず。一には慢悵鬼、二には時媚鬼、三には魔羅鬼なり。三種の発相、各各不同なり」と。

 源信、『止観』(摩訶止観)に依りて云わく(往生要集)、「魔は煩悩に依りて菩提を妨ぐるなり。鬼は病悪を起こす。命根を奪う。」已上

 『論語』に云わく、「季路問わく、「鬼神に事えんか」と。子の曰わく、「事うること能わず。人、焉んぞ能く鬼神に事えんや」と。」已上抄出

 竊かに以みれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道今盛りなり。

 然るに、諸寺の釈門、教に昏くして真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷うて邪正の道路を弁うること無し。

 斯を以て、興福寺の学徒、  太上天皇 諱尊成〔「後鳥羽院」と号す。〕   今上 諱為仁〔「土御門院」と号す。〕聖暦承元丁の卯の歳、仲春上旬の候に奏達す。  主上臣下、法に背き義に違し、忿を成し怨を結ぶ。

 茲れに因りて、真宗興隆の大祖源空法師、幷びに門徒数輩、罪科を考えず、猥りがわしく死罪に坐す。或いは僧儀を改めて姓名を賜うて遠流に処す。予は其の一なり。爾れば已に僧に非ず俗に非ず。是の故に「禿」の字を以て姓とす。空師、幷びに弟子等、諸方の辺州に坐して五年の居諸を経たりき。  皇帝 諱守成 〔佐土院〕聖代建暦辛の未の歳、子月の中旬第七日に、 勅免を蒙りて入洛して已後、空(源空)、洛陽の東山の西の麓・鳥部野の北の辺・大谷に居たまいき。同じき二年壬申寅月の下旬第五日午の時、入滅したまう。奇瑞、称計すべからず。別伝に見えたり。

 然るに、愚禿釈の鸞、建仁辛の酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す。元久乙の丑の歳、恩恕を蒙りて『選択』を書しき。同じき年の初夏中旬第四日に、「選択本願念仏集」の内題の字、幷びに「南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為本」と「釈の綽空」の字と、空の真筆を以て之を書せしめたまいき。同じき日、空の真影、申し預かりて図画し奉る。同じき二年閏七月下旬第九日、真影の銘に、真筆を以て、「南無阿弥陀仏」と「若我成仏十方衆生 称我名号下至十声 若不生者不取正覚 彼仏今現在成仏 当知本誓重願不虚 衆生称念必得往生」の真文とを書せしめたまう。又、夢の告に依りて「綽空」の字を改めて、同じき日、御筆を以て名の字を書かしめたまい畢りぬ。本師聖人、今年は七旬三の御歳なり。

 『選択本願念仏集』は、禅定博陸 月輪殿兼実 法名円照 の教命に依りて撰集せしむる所なり。真宗の簡要、念仏の奥義、斯れに摂在せり。見る者、諭り易し。誠に是れ希有最勝の華文、無上甚深の宝典なり。年を渉り日を渉りて、其の教誨を蒙るの人、千万と雖も、親と云い疎と云い、此の見写を獲るの徒、甚だ以て難し。爾るに、既に製作を書写し、真影を図画せり。是れ専念正業の徳なり。是れ決定往生の徴〔「徴」の字 ち反。あらわす。〕なり。仍って悲喜の涙を抑えて由来の縁を註す。

 慶ばしいかな。心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。慶喜、弥いよ至り、至孝、弥いよ重し。

 茲れに因りて、真宗の詮を鈔し、浄土の要を摭う。唯、仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず。若し斯の書を見聞せん者、信順を因とし、疑謗を縁として、信楽を願力に彰し、妙果を安養に顕さんと。

 『安楽集』に云わく、「真言を採り集めて往益を助修せしむ。何となれば、前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え。連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。無辺の生死海を尽くさんが為の故なり」と。已上

 爾れば、末代の道俗、仰いで信敬すべきなり。知るべし。

 『華厳経』の偈に云うが如し、「若し、菩薩、種種の行を修行するを見て、善・不善の心を起こすこと有りとも、菩薩、皆、摂取せん」と。已上

顕浄土真実教行証文類六

(『教行信証』ここまで)

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