【仏教用語/人物集 索引】

『伝光録』第二十七祖。般若多羅尊者。

投稿日:2004年1月12日 更新日:

【本則】

第二十七祖。般若多羅尊者。因二十六祖曰。汝憶往事否。師曰。我念遠劫中。与師同居。師演摩訶般若。我転甚深修多羅。今日之事蓋契昔因。

【機縁】

師者東印度人也。時不如密多。到東印度。彼王名堅固。奉外道師長爪梵志。曁尊者将至。王与梵志同覩白氣貫于上下。王曰。斯何瑞也。梵志預知尊者入境。恐王遷善乃曰。此是魔来之兆耳。何瑞之有。既鳩諸徒衆議曰。不如密多将入都城。誰能挫之。弟子曰。我等各有呪術。可以動天地入水火。何患哉。尊者至先見宮墻有黒氣乃曰。小難耳。直詣王所。王曰。師来何為。尊者曰。将度衆生。曰以何法度。尊者曰。各以其類度之。時梵志聞言不勝其怒。即以幻法化大山尊者頂上。尊者指之。忽在彼衆頭上。梵志等怖懼投尊者。尊者愍其愚惑再指之。化山随滅乃為王演説法要。俾趣真乗。又謂王曰。此国当有聖人継於我。是時有婆羅門子。二十許。幼失父母不知名氏。或自言瓔珞。故人謂之瓔珞童子。遊行閭里。丐求度日。若常不軽之類。人問汝何行急。即答曰。汝何慢。或問何姓。乃曰。与汝同姓。莫知其故。後王与尊者同車而出。見瓔珞童子稽首於前。尊者曰。汝憶往事否乃至蓋契昔因。尊者又謂王曰。此童子非他。即大勢至菩薩是也。此聖之後出二人。一人化南印度。一人縁在震旦。四五年内欲返此方。遂以昔因故名般若多羅。

【拈提】

夫れ伝仏心印の祖師。心地開明の聖者。あるひは羅漢。あるひは菩薩なることは。不昧本来の道なる故に。久遠成の如来なるもあり。たとひ初機後学に似たりとも。一念もし機を迴せば。本来具徳をあらはして。一毫もすべてかげたることなし。如来と同共し。諸尊と和合す。一出一沒するにあらざれども。共に出一隻手にあらず。多種なく別條なし。ゆへに今日をみるは久遠をみるなり。久遠をかへりみれば今日をまほるなり。なんぢと同生せり。われと同居せり。絲毫もはなるることなく。片時もともなはずといふことなし。這箇の田地にいたりうる時。古来今の法にあらず。根境識の事にあらず。ゆへにいふ。嗣法は三際を超越し。証契は古今に連綿たり。かくの如くなるゆへに。金針玉線密密として串通す。子細に見来れば。いづれかこれかれ。いつれかこれわれ。繊機もあらはれず。機鋒もあらはすことなし。ここにいたりて得坐せざるなし。かならずかたはらにわかち来る。ゆへに適来の因縁にも。師は演説摩訶般若。我転甚深修多羅。もし色清浄なれば一切智智清浄なり。異もなく別もなし。衆生すなはち仏性也。仏性すなはち衆生。かれも外物をいれず。これも内法をはこばず。両機恁麼にわかれたりといへども。多数終に不異。故般若多羅といふ。上の婆舍斯多のごとし。古今わかつべからず。空有あに異ならんや。ゆへに古人曰。此中若了全無事。体用何妨分不分。虚空を借て森羅万像の体とすれば。一絲一毫の面目に対する底なし。森羅万像を借りて虚空の用とすれば。一絲一毫の異路なし。ゆへに爰にいたりて。師資道伝。仏祖の印可なを多種なりと解するも。節目あるに似たり。両般なしと会するも。なをこれ擔板漢なり。子細に験点商量すれば。鷺鶿立雪非同色。明月蘆華不似他。恁麼に游踐して。銀椀盛雪もてゆき。明月蔵鷺もてゆく。適来の因縁を弁別せんとするに。たまたま卑語あり。
大衆きかんと要すや。
潭底蟾光空裏明 連天水勢徹昭清 再参撈漉縦知有 寛廓旁分虚白成。

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