【仏教用語/人物集 索引】

『伝光録』第二祖。阿難陀尊者。

投稿日:2004年1月12日 更新日:

【本則】

第二祖。阿難陀尊者。問迦葉尊者曰。師兄。世尊伝金襴袈裟。外別伝箇什麼。迦葉召阿難。阿難応諾。迦葉曰。倒却門前刹竿著。阿難大悟。

【機縁】

それ阿難尊者は王舍城の人也。姓は刹帝利、父は斛飯王、実に世尊の徒弟なり。梵語には阿難陀といひ、ここには慶喜といひ、または歓喜といふ。如来成道の夜にうまる。容顏端正にして、十六大国も隣とするなし。みるごとに歓喜す。ゆへに名とす。多聞第一にして、聡明博達なり。仏の侍者として二十年、仏の説法として宣説せざるなく、仏の行儀として学しきたらざることなし。世尊迦葉に正法眼蔵を伝付せしきざみ、おなじく阿難に付嘱して曰く、副貳伝化すべしと。これによりて迦葉にしたがふこと亦二十年して、所有正法眼蔵ことごとく通達せずといふことなし。

【拈提】

それ祖師の道の他家に類せざること、これをもて証本とすべし。阿難すでに多聞第一、広学博達なり。仏まのあたり聴許しましますことおおし。然れどもなほ正法を伝持し、心地を開明することなし。迦葉畢婆羅窟にして如来の遺教を結集せんとせしとき、阿難未証果なるによりてかの室に入ることをゑずゆるさず。時に阿難密に思惟して、すみやかに阿羅漢果を証す。而して入んとするに迦葉のいはく、すでに証果せば神通を現じてるべしと。時に阿難小身を現じて、かぎの穴よりいる。終に畢婆羅窟にいる。諸弟子ことごとくいはく、阿難は仏の給士として多聞にして広学なり。一器の水を一器に伝ふるがごとし。すこしも遺漏なし。ねがはくは阿難を請して再説せしめん。迦葉阿難につげていはく、衆ことごとく汝ぢをのぞむ。汝ぢふたヽび座にのぼり、請ふ宣説せよ。時に阿難密に如来の付嘱を護し、また迦葉の所請をうけて、ついに立て衆の足を礼し、座にのぼりて、如是我聞一時仏住と宣説して、一代の聖教ことごとく宣説す。迦葉諸弟子につげて曰く、如来の所説とかわれりやいなやと。諸弟子曰く、如来の所説と一字もかわれるなしと。諸弟子はみなこれ三明六通の大羅漢なり。きヽもらすことなし。異口同音に曰く、しらずこれ如来再来しましますか。これ阿難所説かと疑がふ。仏法大海水流入阿難身と讃歎す。如来の所説いまに流伝す。阿難の所説なり。実にしる、この道は多聞によらす、証果によらざることを、これをもて拠とすべし。然もなお迦葉にしたがふこと二十年、いまの因縁のところにしてはじめて大悟す。すでに如来の成道の夜うまれし人なり。華厳等はきかざる所なり。しかれども仏の覚三昧をゑて、所不聞を宣説す。然れとも祖師道におひて不入なることは、我等が不入と全くもて一同なり。抑も阿難は乃往過去のむかし、空王のみもとにして、今の釈迦仏と同時に阿耨多羅三藐三菩提心を発しき。阿難は多聞をこのむ。ゆへにいまだ正覚を成ぜず。釈迦仏は精進を修しき。これによりて等正覚を成じたまふ。実にしる、多聞は道の障礙たることこれその証拠なり。ゆへに華厳経に曰く、譬如貧窮人算他宝自無半銭分、多聞亦復如是。親切にこの道に訣著せんとおもはヾ、多聞をこのむことなかれ。直に勇猛精進すべし。然るに敢保すらくは、伝衣の外更に事あるべしと。因てある時問曰、師兄、世尊伝金襴袈裟、外別伝箇甚麼、迦葉時いたることをしりて、召阿難、阿難応諾。迦葉こゑに応じていはく、倒却門前刹竿著と。阿難こゑに応じて大悟す。仏衣自然に阿難の頂上に来入す。その金襴の袈裟といふは、まさしく七仏伝持の袈裟なり。【是より以下十行は注なるべし。一本に有之故に。爰にのせおくなり】かの袈裟に三の説あり。一つは如来胎内より持すと。一つは浄居天より奉ると。一つは猟師これを奉ると。また外に数品の仏袈裟あり。達磨大師より曹溪所伝の袈裟は、青黒色にて屈眴布なり。唐土にいたりて青きうらをうてり。いま六祖塔頭におさめて国の重宝とす。これ智論にいはゆる、如来著麁布僧伽黎と、これなり。かの金襴は金なり。経曰、仏姨母手自紡金袈裟持上仏と、これなり。是多品中の一二のみ。その霊験のごときは、数多の因縁経書にあり。むかし婆舍斯多尊者、悪王の難にあふて、火中に五色の光明をはなつ。火滅して後仏袈裟安然たり。仏衣なることを信ず。【上の十行は瑩祖の自注なるべし】慈氏に伝授する、それこれなり。

正法眼蔵両人に付嘱なし。たヾ迦葉一人如来の付嘱をうる。また阿難二十年給士して正法を伝持す。然ればこの宗教外別伝あることをしりぬべし。然るに近来おろそかにして一同とす。もし一同ならば、阿難はすなはち三明六通の羅漢、如来の付嘱をうけて、第二祖阿難といはん。いま経教を会せんこと、阿難にまさる人あらんや。もし阿難に超過する人あらばゆるすべし。教意一なりと。もしたヾに、一なりといはば、なんぞ煩らはしく二十年給士し、いま倒却刹竿著のところにしてあきらめん。しるべし、経意・教意もとより祖師の道とすべからず。仏の仏ならざるにあらず。給士してたとひ侍者たりといへども、仏心に通処なくんば、いかでかその心印を伝ん。多聞広学によらざることしるべし。たとひ心さとく耳ときによりて、諸口の書藉聖教をもて、一字も遺落するところなく聞持すといへども、心もし通ぜずんば、徒にとなりの宝らを算ふるがごとし。うらむらくは経教にそのこヽろなきにはあらず。然れども阿難未通によりてなり。なにいはんや、東土日本依文解義、経のこヽろをゑざるをや。更にしるべし、仏道ゆるかせならざることを。一代聖教に通ずる阿難、如来の弟子として宣説せんに、たれかしたがはざらん。然れども迦葉に給士し、したがひて大悟の後、再び宣説せしことを。しるべし、恰も火の火に合するがごとく。明かに実道に参ぜんとおもはヾ、己見旧情憍慢我慢をすて、初心を迴し、仏智を会すべし。いはゆるいまの因縁、ひごろは金襴の袈裟を伝へて、仏弟子たるの外さらに別なしとおもへり。然れども迦葉にしたがひて、したしく給士してのち、さらに通ずることあることを。迦葉時すでにあひかなふことをしりて召阿難、あだかも谷神のよぶにしたかひ響をなすがごとし。阿難すなはち応ず。石火の石をはなれて出るがごとし。

それ阿難と召すも阿難をよぶにあらず。ひヾき応じ答ふるにあらず。倒却門前刹竿著といふは、西天の法に、仏弟子および外道等論義せんとするとき、両方にはたをたて、もし一方まくるとき、すなはちこのはたをおりたおす。まくるとき鼓鐘をならさずしてまくるを表す。いはゆる今の因縁も、迦葉と阿難とあひならんではたをたてるがごとし。こヽにいたりて阿難すでに出身すれば、迦葉はたをまくべし。一出一沒なり。然れども今の因縁しかにあらず。迦葉もこれ刹竿、阿難もこれ刹竿、もし刹竿ならばこの理あらはるべからず。刹竿一度倒るヽとき、刹竿すなはちあらはるべし。迦葉倒却門前刹竿著と、指説するに、阿難師資の道通ずるによりて、言下に大悟す。大悟ののち、迦葉もすなはち倒却し、山河みな崩壊す。これによりて、仏衣自然に阿難の頂上に来入す。然れどもこの因縁をもて、赤肉団上壁立千仭にとヾむることなかれ。浄潔にとヾまることなかれ。すヽんで以て谷神のあることをしるべし。諸仏番々出世し、祖師代々指説す。たヾこれこの事なり。心をもて心をつとふ。ついに人のしるところにあらず。たとひあらわれたる赤肉団、迦葉・阿難もこれ那人の一面、両面に出世するなりといへども、迦葉・阿難をもて那人とすることなかれ。いま汝等諸人箇々壁立万仭せる。かの那人の千変万化なり。もし那人を識得せば、諸人一時に埋却せん。もししからば、倒却刹竿を我外に求むべからず。今日大乗子孫また著語せんとおもふ。諸人要聞麼。

【頒古】

藤枯樹倒山崩去。溪水瀑漲石火流。

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