【仏教用語/人物集 索引】

京都の五山 ~五山制度と臨済宗~

投稿日:2024年8月13日 更新日:

1386(至徳3)年、室町幕府三代将軍足利義満によって、最終的な五山が決定され、南禅寺を別格上位とする京都五山と鎌倉五山が決定しました。今回は京都五山を紹介します。合わせて、インドの五山、中国の五山と、鎌倉五山や京都五山にどのようにつながってきたかをこれまでも別記してきましたのでご覧ください。

南禅寺 (なんぜんじ)
京都五山の上。亀山法皇が無関普門禅師(大明国師)をむかえ、1291(正応4)年に離宮を禅寺にして開かれた寺院で、五山の上に置かれ、全ての禅寺の中で最高位の格式をもちます。

天龍寺(てんりゅうじ)
京都五山の第一位。室町幕府初代征夷代将軍足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため夢窓疎石をむかえ、1339(暦応2年/延元4年)年に開かれた寺院で、天龍寺の建設資金調達のため、元寇以来途絶えていた元との貿易を再開し、天龍寺船が仕立てられました。

相国寺(しょうこくじ)
京都五山の第二位。室町幕府三代征夷代将軍将軍足利義満が1382(永徳2)年に建立を発願し、後小松天皇の勅許を得て、春屋妙葩をむかえ、1392(明徳3)年に開かれた寺院で、開山は死去してから30数年が過ぎていた夢窓疎石(春屋妙葩の師匠)です。

建仁寺(けんにんじ)
京都五山の第三位。鎌倉幕府二代征夷代将軍将源頼家が栄西禅師をむかえ、1202(建仁2)年に開かれた寺院で、宋国百丈山を模して建立されました。俵屋宗達の「風神雷神図」、海北友松の襖絵などの文化財が伝えられています。

東福寺(とうふくじ)
京都五山の第四位。摂政九条(藤原)道家が円爾弁円をむかえ、1255(建長7)年に開かれた寺院で、奈良の東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとって東福寺としました。

万寿寺(まんじゅじ)
京都五山の第五位。白河上皇が皇女郁芳門院の追善のために1097(永長2)年に内裏を仏寺・六条御堂にしたのが始りで、鎌倉時代に浄土宗から臨済宗に改宗され、名も万寿寺と改められました。1261(弘長元)年に開堂の儀が行われました。1886(明治19)年に東福寺の塔頭となりました。

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