仏具

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金剛杵(こんごうしょ)

金剛杵とは、煩悩をも破砕すると言われる金属製の法具です。基本的には細長く、両端が広がっていて、真ん中がくびれ、手で握って使います。両端が尖っているものを独鈷杵(とっこしょ・どっこしょ)、両端が三又に分かれているものを三鈷杵(さんこしょ)、五つに分かれているものを五鈷杵(ごこしょ)といいます。梵語でヴァジュラといい、インド神話でインドラ神(帝釈天)の持つ雷の武器をさしていたことから、堅固なもの、力強いものを表すようになりました。寺院の山門内に安置される金剛力士像(仁王像)は梵語でヴァジュラパーニといい、「金剛杵を持っているもの」という意味です。<< 戻る
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羂索(けんさく)

もともとは鳥獣魚を捕らえる投げ縄のことでしたが、一切衆生を仏法へと導く象徴とされるようになりました。青・黄・赤・白・黒の5色の糸をより合わせて作られた縄状で、端に金剛杵(こんごうしよ)・独鈷杵(とっこしょ)の半形のもの、他の端に鐶(かん)・環(かん)をつけた仏具です。不動明王・十一面観音菩薩・不空羂索観音菩薩などの持物(じもつ)です。<< 戻る
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天蓋(てんがい)

天蓋とは、仏像や住職が座っている上部にかざされる長方形・六角形・八角形・円形など笠状の仏具です。寺院の本堂などの諸堂に祀られている仏像の上部には「仏天蓋」が、住職が座っている位置の上部には「人天蓋」が飾られいて、彫刻や装飾が施され堂内の荘厳具となっています。儀式などで僧侶に差しかけられる番傘も天蓋です。天蓋は梵語で「チャトラ」といい、天に懸けられた蓋(かさ)のことです。もともとは、インドで強い日差しを避けるためにクシャトリヤ(王族・戦士階級)が使っていた傘蓋(さんがい)が元となっていて、帝釈天が常に天蓋を差し掛けてブッダに従ったという伝説が残されています。初期仏教では仏舎利(ブッダの遺骨)への...
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警策(けいさく/きょうさく)

警策とは、注意や自覚を促し戒め励ますことで、「警策を与える」という意味から、修行者の肩や背中を打つ棒そのものが警策と呼ばれるようになりました。臨済宗では「けいさく」、曹洞宗では「きょうさく」と読みます。警策の起源は、中国の明王朝末期~清王朝初期の1600年代頃から使用されはじめた「香板(こうばん)」または「香版(こうばん)」という法具です。日本へは黄檗僧によって伝えられ、警策という意味を込めて呼ばれるようになりました。形状としては、宗派などによって違いがあり、長さが約1~1.5メートル、樫・栗・桜・檜などでつくられています。 手に持つ部分は、四隅の角を削って握りやすく、修行者の肩や背中に当たる...
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須弥壇(しゅみだん)

須弥壇とは、お寺の堂内に仏像を安置するため、床面より高く設けられた壇で、仏教やヒンドゥーの世界観において、中心にあると考えられる須弥山を模した部分があります。ご家庭の仏壇の内部にも、本尊である釈迦如来や阿弥陀如来をおまつりする場所、仏壇のほぼ中央部に須弥壇があります。この仏壇の画像で言えば、手前にロウソク台や香炉を置く机があり、その奥に須弥壇が見えます。須弥壇より上部に本尊や宗派の祖師をおまつりします。<< 戻る
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魚鼓(ぎょく)

「魚鼓(ぎょく)」は「ほう(ぎょほう:ほうは「木」へんに「邦」)」とも言われ、仏具の一種、あるいは打楽器の一種として使われています。中国では北宋(960~1127年)の頃に魚形のものが現れていたようです。上の写真の中央部に色が変わっている所がありますが、そこが叩く場所で、「ポッ、ポッ」「ポク、ポク」といった音が鳴ります。形は横に長く、魚の形をそのまま形どった魚鼓と木魚とのルーツは同じと考えられています。現在でも曹洞宗や臨済宗などの寺院などで僧堂や庫院につるし、衆を集めるための鳴物として使われています。<< 戻る
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木魚(もくぎょ)

木魚は仏具の一種、あるいは打楽器の一種として使われています。中国では北宋(960~1127年)の頃に魚形のものが現れていたようです。魚はまぶたがありませんね。ですから、その目は閉じることが出来ません。魚が昼夜目ざめているように見えることから、不眠勉学をさとし怠惰を戒めたことにもとづくといわれています。木魚がどのような用途で使われてきたかですが、はじめは寺院などで衆を集めるための鳴物であったようです。形は横に長く、魚の形をそのまま形どったものでした。木魚鼓(もくぎょく)、魚鼓(ぎょく)、魚板(ぎょばん)、魚ほう(ぎょほう:ほうは「木」へんに「邦」梆)などとも呼ばれていました。明(1368~164...
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仏旗(ぶっき)

「青、黄、赤、自、橙」の5色の旗は仏教のシンボルで仏旗といいます。イギリス人の仏教徒オルコット大尉が、1882年(明治15年)に考案したものといわれています。1950年(昭和25年)にスリランカのコロンボで、第1回世界仏教徒会議が開かれた際、その中で仏旗制定の議案が提出され満場一致の賛同を得て、法輪と共に正式に万国共通の仏教徒のシンボルとして「仏教徒の旗」略して「仏旗」と決められました。何故「青、黄、赤、白、橙」の5色なのかは諸説がありますが、ブッダが12月8日にプツダガヤで悟りを開かれた時にブッダの身体から5色の光明が輝きあたりを照らしたという故事を元にして採用されたものだと伝えられています...