法要日記(供養/祈願/布薩)

法要日記(供養/祈願/布薩)

桜満開

ここ兵庫県宝塚市では、今が桜の満開です。きのうの強風にも負けず、満開を保っているようです。また、きのうは黄砂が観測され、あたりが霞んで見えたものです。中国大陸から砂が飛んでくるなんて、地球は広いようで狭いものなのですね。関係ないように思っていても、実はつながっているものは多いようです。私が子どもの時は近所の友だちと桜の花びらを袋一杯に集めて遊んでいた記憶があります。集めた花びらを一体、何に使ったのかは忘れましたが、花吹雪を演出して遊んでいたのかもしれません。桜の花を愛好する人は多く、花見や宴会が毎日毎晩繰り広げられているようです。飲みすぎ、食べすぎ、はしゃぎすぎに注意しましょう。桜はみんなのも...
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草抜き

日中、天気が良かったので草抜きに精を出しました。雨が多かったこともあり、少し油断していたら草が大きく育っています。草も生き物ですが、人間の美観にはそぐわないようなので、抜かれることになります。しかし、抜いても抜いても次々に生えてくるので、その生命力に感心します。小さな草でもいつの間にか花が咲いていて、子孫を早いペースで残していく方法を進化の過程で身につけたようです。人間もひと昔前までは生めよ増やせよで子どもを多く生んでいました。それは、人間の成熟するまでの時間がかかるのと、赤ん坊の時に病気や栄養失調で亡くなることが多かったからです。どんな国でも、限られた食料を睨みながら、家族や村で助け合い、時...
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瑞世に行ってきました

曹洞宗の僧侶はいくつもの段階が厳格に決まっています。そして、ある程度たつと瑞世(ずいせ)という儀式をする為に横浜鶴見の大本山總持寺と福井の大本山永平寺の2箇所に拝登(お参り)します。そこで大本山を開かれた御開山拝登、並びに祝祷諷経(しゅくとうふぎん)と瑞世上供諷経(ずいせじょうぐふぎん)という朝の法要の導師を務めるこが瑞世という儀式の主な部分です。ですから、瑞世は一夜の住職、または一朝の住職といわれます。これによって寺院の住職になるための資格を両大本山が認めてくださったことになります。ですから、この儀式は一生に一回のものです。3月23日午前中に寺を出発し、大阪より特急列車に乗り福井へ。福井駅に...
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「供養」も「祈祷」も

私が1年間修行した曹洞宗大本山である神奈川県の總持寺では、毎朝『大般若経』の展読祈祷をしていました。展読は経本を扇形に広げて右から左、左から右にパラパラとめくっていきます。簡単に言えば、願いごとをする時に『祈祷(きとう)』を供養する時に通常の『読経』をします。一般の方々には分からないかもしれませんが、「祈祷は本来の仏教じゃないから、止めた方がいい」「祈祷するのは仏教じゃない」と主張する寺院も多くあります。漠然とそんな考え方もできるかもなぁと思っていたのですが、本当にそうでしょうか??ブッダの教えは対機説法で、その人の状況によってその内容が変わったといわれています。人の悩みや求めに応じて、その解...
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60数億人分の答え合わせ

なぜ生きているのかなぜ考えるのかなぜ迷うのかなぜ出会うのかなぜ別れるのかなぜ嫉妬するのかなぜ信じれるのかなぜ?という問いかけに答えてくれるものそれは自分自身です私は多くを問いかけられます。それに出来るだけ答えます。勉強中だからという理由で時には曖昧に答えます。分からない時ははっきりと分からないと答えます。仏教にはたくさんの経本があり、答えが書いていないか探します。しかし、いくら探しても具体的な答えは書いていません。私たちが学ぶ仏の教えは、過去の個人についての問題や答えです。また、普遍的なものであって、具体的ではないのです。その問題と答えを学ぶことは出来ますが、現実の問題とはズレが生じます。前も...
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仏教の分布について

日本は仏教国であるということが一般的にはいわれています。しかし、「信仰はないです」「先祖は大切にしますが…」といった意見もよく耳にします。さて、本当に日本は仏教国といえるのでしょうか?お盆やお彼岸にはお墓参りに行き、仏教的行事はするものの、仏教とかと聞かれれば首をかしげる人が多いのが現実です。新年が明けて、正月三箇日に神社仏閣にお参りに行きますが、神社なのかお寺なのか構わずにお参りできてしまうのも日本人の特徴でしょう。良くいえば寛容的な民族なのです。日本には元々、仏教も神道もなく、山の神、海の神といった自然信仰が主なものでした。日本の統一と共にその宗教を国が行うようになり、体系化されましたが、...
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『寺院センター』ウェブサイト管理人について

ウェブサイト『寺院センター』管理人の中島法雄です。仏教やお寺が好きで、一般の家庭から仏門に入りました。生まれた頃から居間には仏壇があり、お供え物のお下がりを楽しみにする子どもでした。仏壇に水を供えたり、金仏器に炊き立てのご飯を丸く盛り付けたものを供える手伝いもしていました。幼い頃は意識していませんでしたが、生家の宗派は浄土宗、本尊は阿弥陀様です。小学校二年生になって、僕の誕生日の翌日、同居していた祖母が亡くなりました。それから法事や月参りでお参りに来てくれるお坊さんに興味を持つようになりました。子どもの頃の仏壇は生活の一部だったけれど、お坊さんは特別な存在でした。こんな私の自己紹介を書くのも、...