「 投稿者アーカイブ:buddhism 」 一覧

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シーボルトが鳴滝塾を開く

1823年、シーボルトが鳴滝塾を開く。 << 戻る

上杉鷹山(うえすぎようざん/治憲/はるのり)

  江戸時代中期の大名。出羽国米沢藩9代藩主。 領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られている。諱は初め勝興、後に治憲であるが、藩主隠居後の号である鷹山の方が ...

式亭三馬(しきていさんば)

  江戸時代後期の地本作家で薬屋、浮世絵師。滑稽本『浮世風呂』『浮世床』などで知られる。名は菊地泰輔、字は久徳。通称は西宮太助。 生誕 安永5年(1776年) 命日 文政5年閏1月6日(18 ...

本多利明(ほんだとしあき)

  江戸時代の数学者、経世家(経済思想家)。幼名は長五郎、通称は三郎右衛門。号は北夷、魯鈍斎。 18歳で江戸に出て、千葉歳胤に天文学を、今井兼庭に関流和算などを学ぶ。諸国の物産を調査し、17 ...

塙保己一(はなわほきいち)

  江戸時代の国学者。幼名は丙寅にちなみ寅之助、失明後に辰之助と改める。また、一時期、多聞房とも名乗る。雨富検校に入門してからは、千弥、保木野一、保己一と改名した。『群書類従』『続群書類従』 ...

ナポレオン・ボナパルト

  ナポレオン・ボナパルトまたはナポレオンはフランス革命期の軍人・皇帝・革命家。即位してナポレオン1世に成りフランス第一帝政の皇帝を務める。 フランス革命後の混乱を収拾し、軍事独裁政権を樹立 ...

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伊能忠敬「大日本沿海輿地全図」

1821年、伊能忠敬による「大日本沿海輿地全図」が完成。 << 戻る

カメハメハ1世(カメハメハ大王)

  カメハメハ1世はハワイ諸島を初めて統一して1810年にハワイ王国を建国し、初代国王となった人物である。カメハメハ大王の名でも親しまれる。「カ・メハメハ」はハワイ語で「孤独な人」、「静かな ...

アジャンタ石窟寺院(せっくつじいん)

  インドのムンバイ(旧・ボンベイ)東北東約350km、マハーラーシュトラ州北部、ワゴーラー川湾曲部を囲む断崖を550mにわたって断続的にくりぬいて築かれた大小30の石窟で構成される古代の仏 ...

蓮光寺-山口県下関市

・蓮光寺 浄土真宗本願寺派 山口県下関市彦島西山町3-13-6 文政2年(1819) 某寺掛所として草庵が建つ 明治16年(1883)倒壊・無住時期を経て、説教所として再興される(リンク先より) あな ...

徳本行者(とくほんぎょうじゃ)

  江戸時代後期の浄土宗の僧侶。俗姓は田伏氏。号は名蓮社号誉。紀伊国日高郡の出身。徳本上人とも呼ばれた。 27歳のとき出家し、木食行を行った。各地を巡り昼夜不断の念仏や苦行を行い、念仏聖とし ...

伊能忠敬(いのうただたか)

  江戸時代の商人・天文学者・測量家である。通称は三郎右衛門、勘解由。字は子斉、号は東河。 寛政12年から文化13年まで、17年をかけて日本全国を測量して『大日本沿海輿地全図』を完成させた。 ...

杉田玄白(すぎたげんぱく)

  生誕 享保18年9月13日(1733年10月20日) 命日 文化14年4月17日(1817年6月1日) 九幸院仁誉義真玄白居士 あなたに おすすめページ💡 戒名授与 1万 ...

山田検校(やまだけんぎょう)

  江戸時代中期から後期にかけて活躍した筝曲音楽家である。筝曲山田流の祖として知られている。本姓は三田。諱は斗養一。号は勝善、幽樵等。山田は母方の旧姓。 生誕 1757年6月14日(宝暦7年 ...

鳥居清長(とりいきよなが)

  江戸時代の浮世絵師。鳥居派四代目当主。鳥居派の代表的な絵師。 鈴木春信と喜多川歌麿にはさまれた天明期を中心に活躍し、それらや後の写楽・北斎・広重と並び六大浮世絵師の一人。特に堂々たる八頭 ...

光福寺-佐賀県藤津郡

・光福寺 浄土真宗本願寺派 佐賀県藤津郡太良町大字大浦甲190 石上山光福寺は慶長年間(1600年頃)の創建と伝えられていますが詳細は不明です。太良町誌によると、文化10年(1813)第7世髄泉和尚の ...

稲村三伯(いなむらさんぱく)

  江戸時代後期の蘭学者。幼名は龍介、名は箭、字は白羽。号は原昆堂、白髪書生。 石井庄助、宇田川玄真らの協力で、ハルマの蘭仏辞典を基に寛政8年日本最初の蘭和辞典『ハルマ和解』を完成させる。 ...

木喰五行明満(もくじきごぎょうみょうまん)

  江戸時代後期の仏教行者・仏像彫刻家・歌人。甲斐(山梨県)に生まれ、元文4 (1739) 年、22歳で出家し、宝暦 12 (1762) 年、相模国大山で木喰観海より木喰戒を受ける。生涯に三 ...

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間宮林蔵が樺太を探検

1808年、間宮林蔵が樺太を探検する。 << 戻る

喜多川歌麿(きたがわうたまろ)

  江戸時代の日本で活躍した浮世絵師。代表作に「寛政三美人」「たのしきまとひ」等がある。 生誕 1753年(宝暦3年)頃 命日 1806年10月31日(文化3年9月20日) 秋円了教信士 あ ...

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十返舎一九「東海道中膝栗毛」初編

1802年、十返舎一九が「東海道中膝栗毛」初編を著す。 << 戻る

本居宣長(も通りのりなが)

  江戸時代の国学者・文献学者・言語学者・医師。名は栄貞。本姓は平氏。通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。号は芝蘭、瞬庵、春庵。自宅の鈴屋にて門人を集め講義をしたことから鈴屋大人と呼ばれた。また ...

伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)

  江戸時代の画家。名は汝鈞(じょきん)、字は景和(けいわ)。斗米庵(とべいあん)、米斗翁(べいとおう)、心遠館(しんえんかん)、錦街居士とも号す。 代表作品 ・『動植綵絵』の内「群鶏図」「 ...

本願寺富山別院-富山県富山市

・本願寺富山別院 浄土真宗本願寺派 富山県富山市総曲輪2-7-12 1800年頃 (寛政年間~天保頃)川端町に町屋を買い本山会所を設ける 1884年(明治17年) 9月13日 別院昇格の許可(以後3度 ...

正満寺-東京都港区

・正満寺 浄土真宗本願寺派 東京都港区高輪1-27-44 寛政 九年 (1798)文如上人裏書の蓮如上人御影安置。 文化 五年 (1808)本願寺十九代本如上人裏書の文如上人御影一幅、親鸞聖人絵伝四幅 ...

国府別院-新潟県上越市

・国府別院 浄土真宗本願寺派 新潟県上越市国府1-7-1 本願寺国府別院の本堂は寛政10年(1798)に造立、 文化2年(1805)に建立され、総﨔造りの本堂にして、当時の越後地方の寺院建築としては実 ...

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本居宣長「古事記伝」

1798年、本居宣長が「古事記伝」を著す。 << 戻る

円山応挙(まるやまおうきょ)

  江戸時代中期~後期の絵師。 近現代の京都画壇にまでその系統が続く「円山派」の祖であり、写生を重視した親しみやすい画風が特色である。 諸説あるが「足のない幽霊」を描き始めた画家とも言われて ...

長谷川平蔵(はせがわへいぞう/宣以/のぶため)

  江戸時代中期の旗本で、火付盗賊改方の長である火付盗賊改役を務めた。幼名は銕三郎、あるいは銕次郎。家督相続後は父・長谷川宣雄と同じく平蔵を通称とした。池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』の主人公 ...

最乗寺-神奈川県横浜市都筑区

・勝田山最乗寺 浄土真宗本願寺派 神奈川県横浜市都筑区勝田町1277 最乗寺の歴史は古く、今から約530年前に浄土真宗の寺院として開創されました。 長きに渡り、この地でご門徒の方々と共に歩み続け、当世 ...

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ロシアの使節ラックスマンが根室に来る

1792年、ロシアの使節ラックスマンが根室に来る。 << 戻る

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林子平「海国兵談」

1792年、林子平が「海国兵談」を著し、罰せられる。 << 戻る



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