1943年

人物

島崎藤村(しまざきとうそん)

詩人、小説家。本名は島崎 春樹。信州木曾の中山道馬籠生まれ。 『文学界』に参加し、ロマン主義詩人として『若菜集』などを出版。さらに小説に転じ、『破戒』『春』などで代表的な自然主義作家となった。生誕 1872年3月25日〈明治5年2月17日〉命日 1943年〈昭和18年〉8月22日文樹院静屋藤村居士<< 戻る
人物

山本五十六(やまもといそろく)

日本海軍軍人。最終階級は元帥海軍大将。第26、27代連合艦隊司令長官。海軍兵学校32期生。生誕 1884年(明治17年)4月4日命日 1943年(昭和18年)4月18日大義院殿誠忠長陵大居士<< 戻る
人物

新美南吉(にいみなんきち)

児童文学作家。本名は新美正八。愛知県半田市出身。雑誌『赤い鳥』出身の作家の一人であり、彼の代表作『ごん狐』はこの雑誌に掲載されたのが初出。結核により29歳の若さで亡くなったため、作品数は多くない。童話の他に童謡、詩、短歌、俳句や戯曲も残した。生誕 1913年7月30日命日 1943年3月22日釈文成<< 戻る
人物

森下博(もりしたひろし)

実業家、森下仁丹の創業者。広告宣伝を積極的に行って商品の名を広め、日本の広告王と称された。生誕 1869年12月5日(明治2年11月3日)命日 1943年(昭和18年)3月20日<< 戻る
人物

大谷光演(おおたにこうえん)

明治から大正時代にかけての浄土真宗の僧、俳人、画家。法名は「彰如」(しょうにょ)。俳号は「句仏」。東本願寺第二十三代法主。真宗大谷派管長。伯爵。妻は、三条実美の三女・章子。『夢の跡』『我は我』『句仏句集』などの句集を残している。生誕 1875年(明治8年)2月27日命日 1943年(昭和18年)2月6日<< 戻る
便り

活禅寺-長野県長野市

・活禅寺 単立 長野県長野市箱清水3-29-60昭和18年2月11日、徹禅無形大師により開山。当初は無形庵という小さな庵でしたが、第二次大戦後の混乱した日本を背負って立つ青少年の育成を主眼に青年錬成参禅道場として発足。(リンク先より) << 戻る
便り

惠光寺-栃木県宇都宮市

・惠光寺 浄土真宗本願寺派 栃木県宇都宮市下栗町2255惠光寺の建立は、株式会社ミツトヨ創業者の故・沼田惠範師が、一人でも多くの方に仏法に出遇って頂きたいと発願(ほつがん)されたことに始まります。昭和18(1943)年に三豊製作所宇都宮工場(旧横川村下栗)を設立した頃、近くには寺院がありませんでした。ミツトヨは創業以来、先祖に感謝する集い「祖先祭」を毎月行っていますが、その際に、ご導師をお願いできる寺院もありませんでした。その為、「いつかは一寺院を建立したい」と惠範師は決意されたのです。(リンク先より) << 戻る