1922年

人物

高峰譲吉(たかみねじょうきち)

科学者、実業家。名誉工学博士・薬学博士。タカジアスターゼ、アドレナリンを発見し、アメリカ合衆国で巨万の財を成した。三共創業者。現在の富山県高岡市生まれ。現在の東京大学工学部の前身の一つである工部大学校卒。理化学研究所の設立者の一人。1912年帝国学士院賞受賞、1913年帝国学士院会員。1854年に越中国高岡(現:富山県高岡市)の山町筋と呼ばれる御馬出町(おんまだしまち)の漢方医高峰精一の長男として生まれる。翌年、父の学問所「壮猶館」の勤務のため加賀国金沢城下の梅本町(現:石川県金沢市大手町)へ移住。幼い頃から外国語と科学への才能を見せ、加賀藩の御典医であった父からも西洋科学への探求を薦められた...
人物

森鷗外(もりおうがい)

明治・大正期の小説家、評論家、翻訳家、陸軍軍医、官僚。位階勲等は従二位・勲一等・功三級、医学博士、文学博士。本名は森 林太郎。 石見国津和野出身。東京大学医学部卒業。 大学卒業後、陸軍軍医になり、陸軍省派遣留学生としてドイツでも軍医として4年過ごした。代表作『舞姫』(1890年)『うたかたの記』(1890年)『ヰタ・セクスアリス』(1909年)『青年』(1910年)『雁』(1911年)『阿部一族』(1913年)『山椒大夫』(1915年)『高瀬舟』(1916年)『渋江抽斎』(1916年、史伝)生誕 文久2年1月19日〈1862年2月17日〉命日 1922年〈大正11年〉7月9日貞献院殿文穆思斎大...
人物

山県有朋(やまがたありとも)

日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、政治家。階級は元帥陸軍大将。常用字体は山県有朋。内務大臣(初代)、内閣総理大臣(第3・9代)、司法大臣(第7代)、枢密院議長(第5・9・11代)、陸軍第一軍司令官、貴族院議員、陸軍参謀総長(第5代)などを歴任した。生誕 1838年6月14日(天保9年閏4月22日)命日 1922年(大正11年)2月1日報国院釈高照含雪大居士<< 戻る
便り

孝勝寺-北海道石狩郡

・孝勝寺 法華宗(真門流) 北海道石狩郡当別町太美町16法栄山 孝勝寺は大正11年(西暦1922年)に夕張市で開山いたしました。夕張市は明治以降、 多くの炭鉱が拓かれ 国内有数の炭鉱町として栄えた町です。その町で孝勝寺は炭鉱業に従事する方々の信仰の拠り所として永きに渡り活動してまいりました。(リンク先より) << 戻る