1595年

人物

豊臣秀次(とよとみひでつぐ)

戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。豊臣氏の2代目関白。豊臣秀吉の姉である瑞竜院日秀の長男。 幼少時、戦国大名・浅井長政の家臣・宮部継潤が秀吉の調略に応じる際に人質となり、そのまま養子となって、初名は吉継、通称を次兵衛尉とし、宮部 吉継と名乗った。次いで畿内の有力勢力だった三好一族の三好康長(笑岩)の養嗣子となり、今度は名を信吉と改めて通称は孫七郎とし、三好 信吉(みよし のぶよし)と名乗って三好家の名跡を継いだ。秀吉が天下人の道を歩み始めると、羽柴姓に復氏して、名も秀次と改名。豊臣姓も下賜された。鶴松が没して世継ぎがいなくなったことから、改めて秀吉の養嗣子とされ、文禄の役の開始前に...
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正伝寺-青森県弘前市

・正伝寺 曹洞宗 青森県弘前市西茂森1-9-1龍岩は、この地に庵を結び、像を供養しておりましたが、日増しに信者も増え、ついには文禄4年(1595年)、耕春院宗徳寺の中巌撮堂和尚を勧請開山として「薬王院松傳寺」を開いたのが、当正伝寺の起こりであると伝わります。龍岩自らは、二世龍岩林朔として、正伝寺の礎を築きました。(リンク先より) << 戻る
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安洞院-福島県福島市

・安洞院 曹洞宗 福島県福島市山口寺前5当山・安洞院は香澤山安洞院と称し、文禄4年(1595)2月、福島市小田、位作山陽林寺第六世玉峯芳積大和尚により開山された曹洞宗寺院です。本寺・陽林寺は戦国の武将伊達政宗の曽祖父稙宗公の開基になる古刹です(リンク先より) << 戻る
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専養寺-岐阜県羽島郡

・専養寺 西山浄土宗 岐阜県羽島郡笠松町円城寺594文禄4年(1595)に、この地の豪族、野々垣源兵衛が施主となり建立し、喜運和尚を開山として壇越*となりました。壇越・・布施をする檀家・信者(リンク先より) << 戻る
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難波別院-大阪府大阪市中央区

・南御堂・難波別院 真宗大谷派 大阪府大阪市中央区久太郎町4-1-11難波別院(南御堂)の創建は、今から400年以上前の安土桃山時代の末、1595年(文禄4)に、本願寺第12代・教如上人(1558~1614)が大坂渡辺の地に「大谷本願寺」を建立したことに始まります。(リンク先より) 創建から2年後の1598年(慶長3)に、豊臣秀吉による大阪城の拡張と、城下の町制改革でなどにより、大谷本願寺は現在の難波別院のある地へと移転します。また、1602年(慶長7)には、関ヶ原の合戦に勝った徳川家康によって京都・烏丸七條の地が寄進され、教如上人は大坂から京都へと寺基を移されます。(リンク先より)<< 戻る