佐賀県(浄土真宗本願寺派)

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正教寺-佐賀県嬉野市

・正教寺 浄土真宗本願寺派 佐賀県嬉野市嬉野町大字下野乙566正教寺の起こりは今から遡ること数百年、寺史には『南北朝時代(1334~1392)に熊谷民部大輔直氏という 人物が懐良親王を守護して肥後の国に下ってきた。その末葉である、熊谷民部小輔が鍋島直茂の徳を慕って佐賀県古瀬村に来たが、直茂に仕えることができず遂に仏門に帰依して、僧行善を師とし善覚と名乗った』とあります。(リンク先より) << 戻る
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浄徳寺-佐賀県神埼市

・ 浄徳寺 浄土真宗本願寺派 佐賀県神埼市脊振町服巻950字田中※掲載内容の再確認の際「2019年3月31日をもちましてYahoo!ジオシティーズのサービス提供を終了いたしました。長らくご愛顧いただき誠にありがとうございました。」と表示されたのでリンクを外しています。 << 戻る
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正安寺-佐賀県杵島郡

正安寺 浄土真宗本願寺派 佐賀県杵島郡大町町大字大町5036
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光福寺-佐賀県藤津郡

・光福寺 浄土真宗本願寺派 佐賀県藤津郡太良町大字大浦甲190石上山光福寺は慶長年間(1600年頃)の創建と伝えられていますが詳細は不明です。太良町誌によると、文化10年(1813)第7世髄泉和尚の時に、竹崎の海岸に大きな木材が流れ着きました。寺ではその木材で阿弥陀如来を刻むことを思い立ち、弥一という仏師に命じて阿弥陀如来像を彫刻し、寺の本尊として永く安置するようになりました。(リンク先より) << 戻る
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願正寺-佐賀県佐賀市

・願正寺 浄土真宗本願寺派 佐賀県佐賀市呉服元町6-5慶長5年(1600)関ヶ原合戦のとき、後の佐賀藩初代藩主鍋島勝茂は、西軍(豊臣方)に加わったが、敗北し進退に窮した。この謝罪について、西本願寺の准如上人などが中に入り、佐賀藩は事無きを得た。その恩顧に報いるため創立されたものである。それ以後、肥前領内の真宗寺院並びに門信徒は全て西本願寺派となり願正寺はその中心寺院として、肥前国総道場と称された。現本堂は1702年に建立。(リンク先より) << 戻る
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信行寺-佐賀県武雄市

・信行寺 浄土真宗本願寺派 佐賀県武雄市若木町川古13290開基了然は、後奈良天皇の天文十二年宗祖親鸞聖人の浄土念仏に帰依し、聖人の著御本典の中より教證を山号とし、信行を寺号と定め、武雄小楠の地に教證山信行寺を建立された。(リンク先より)※天文十二年 1543年 << 戻る