神奈川県(曹洞宗)

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最乗寺-神奈川県南足柄市

・大雄山最乗寺 曹洞宗 神奈川県南足柄市大雄町1157応永元年(西暦1394)3月10日、了庵慧明禅師という、和尚さんが建てたお寺です。応永18年(西暦1411)3月27日に了庵慧明禅師和尚さんが75歳でお亡くなりになりました。次の日に道了さんは、私の役目は終わったので、これからは天狗に変身して永遠に、お寺とお参りに来た皆さんをお守りをすると、両手と両足に幸せの使いと云われるへびをつれ、左手に悪人をつかまえる綱と、右手に悪人をたおす杖をもち、白い大きな狐にのり、カミナリが轟くなか山奥に入ってゆきました。(リンク先より) << 戻る
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静翁寺-神奈川県川崎市幸区

・福聚山 静翁寺 曹洞宗 神奈川県川崎市幸区神明町2-253静翁寺は開創420年を経た、川崎にある曹洞宗の寺院です。南武線尻手駅より徒歩7分、臨港バス「静翁寺前」より徒歩1分とアクセス良好、駐車場も計12台分ご用意。建替えた本堂はバリアフリー設計。全ての方とのご縁を大切に、皆様のご来訪をお待ちしております。(リンク先より) << 戻る
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西光寺-神奈川県川崎市麻生区

・西光寺 曹洞宗 神奈川県川崎市麻生区黒川70ご本尊は釈迦牟尼佛。脇侍に薬師如来、地蔵菩薩を祀り、御開山は孤岩伊俊大和尚。近年の開発による遺跡調査で、旧本堂跡地の北側より、黒川宮添遺跡と呼ばれる遺跡が発掘され、平安期の地層より寺の文字が入った土器が出土しました。(リンク先より) << 戻る
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大藏寺-神奈川県横浜市緑区

・ 般若山大藏寺 曹洞宗 神奈川県横浜市緑区中山町666※掲載内容の再確認の際「2019年3月31日をもちましてYahoo!ジオシティーズのサービス提供を終了いたしました。長らくご愛顧いただき誠にありがとうございました。」と表示されたのでリンクを外しています。 << 戻る
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瑞光寺-神奈川県相模原市緑区

・橋本山 瑞光寺 曹洞宗 神奈川県相模原市緑区元橋本町6-1戦国時代 瑞光寺が創建される江戸時代 寺子屋として学習の場として栄える(リンク先より) << 戻る
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城願寺-神奈川県足柄下郡

・城願寺 曹洞宗 神奈川県足柄下郡湯河原町城堀252この地(相模土肥郷)の豪族土肥次郎實平が、萬年の世までも家運が栄えるように「萬年山」と号して持仏堂を整えたことからその歴史は始まる。鎌倉時代後期には五山十刹につぐ寺格である諸山に指定され、西相模地方では指折りの禅刹だったと伝えられる。(リンク先より) << 戻る
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常昌院-神奈川県厚木市

・花香る、里山の寺 雲渓山 常昌院 曹洞宗 神奈川県厚木市棚沢1276雲渓山常昌院は、400年の歴史を持つ、曹洞宗のお寺です。当寺は、東京方面から最初の山となる鳶尾山(とびおさん)を背後に擁し、古くは修験の信仰が深く根づく「里山の寺」です。(リンク先より) << 戻る
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曹源寺-神奈川県横須賀市

・東光山曹源寺 曹洞宗 神奈川県横須賀市公郷町3-23古くは、宗元または宗源の文字を用いていました。東光山と称し、曹洞宗に属し、行基によって開かれたと伝えられています。この寺の前身は、奈良時代後期から平安時代初期にわたって建てられました。寺の地域は、県立横須賀高等学校の用地を含む一町(約109メートル)四方の広さであったと言われています。(リンク先より) << 戻る
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茅山荘(磨塼寺)-神奈川県三浦郡

・茅山荘(磨塼寺・藤田一照) 曹洞宗 神奈川県三浦郡葉山町下山口630藤田一照は三浦半島にある葉山で毎月数回、実験的な坐禅会を開いています。ここに集う様々な人々と語らい、影響を与え合いながら、ボディーワークや、武術、気功、心理療法などを取り入れつつ多角的に仏教と坐禅について探求しています。(リンク先より) << 戻る
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長谷寺-神奈川県厚木市

・長谷寺 曹洞宗 神奈川県厚木市長谷1288-1長谷観音は日本全国の三長谷観音と称し、康平・天喜(1053年前)の頃、某阿闍梨(ぼうあじゃり)が、大和の長谷寺より御姿を移され、その名を蓬莱山長谷寺(ほうらいさんはせてら)として建立す。本尊は大和(奈良)の長谷観音の十分の一の御丈二尺六寸の十一面観世御菩薩を遷座(せんざ)す。(リンク先より) << 戻る
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宝泉寺-神奈川県横浜市鶴見区

・宝泉寺 曹洞宗 神奈川県横浜市鶴見区下末吉6-19-31<< 戻る
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成願寺-神奈川県横浜市鶴見区

・成願寺 曹洞宗 神奈川県横浜市鶴見区豊岡町6-1<< 戻る
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常光院-神奈川県横浜市鶴見区

・常光院 曹洞宗 神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1<< 戻る
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寿徳寺-神奈川県横浜市鶴見区

・寿徳寺 曹洞宗 神奈川県横浜市鶴見区江ヶ崎町14-7<< 戻る
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行定庵-神奈川県横浜市鶴見区

・行定庵 曹洞宗 神奈川県横浜市鶴見区上末吉4-4-19<< 戻る
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円光寺-神奈川県横浜市鶴見区

・円光寺 曹洞宗 神奈川県横浜市鶴見区朝日町1-55<< 戻る
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光永寺-神奈川県横浜市鶴見区

・光永寺 曹洞宗 神奈川県横浜市鶴見区汐入町2-43-3<< 戻る
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随流院-神奈川県横浜市保土ヶ谷区

・随流院 曹洞宗 神奈川県横浜市保土ヶ谷区川島町501<< 戻る
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天徳院-神奈川県横浜市保土ヶ谷区

・天徳院 曹洞宗 神奈川県横浜市保土ヶ谷区神戸町102<< 戻る
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正観寺-神奈川県横浜市保土ヶ谷区

・正観寺 曹洞宗 神奈川県横浜市保土ヶ谷区東川島町45-4<< 戻る
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正福院-神奈川県横浜市保土ヶ谷区

・正福院 曹洞宗 神奈川県横浜市保土ヶ谷区仏向町399<< 戻る
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東光寺-神奈川県横浜市保土ヶ谷区

・東光寺 曹洞宗 神奈川県横浜市保土ヶ谷区上星川2丁目34−1<< 戻る
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總持寺-神奈川県横浜市鶴見区

・諸嶽山總持寺 曹洞宗 神奈川県横浜市鶴見区鶴見2丁目1−1元亨元年(1321)4月18日の晩のこと、律師の夢枕に、僧形の観音様が現れ、「酒井の永光寺に瑩山という徳の高い僧がおる。すぐ呼んで、この寺を禅師に譲るべし」と告げて、姿を消されたというのです。(中略)律師は霊夢によって一山を寄進し、禅師は快く拝受し、「感夢によって總持寺と号するはこの意なり」と述べられておられます。 明治31年(1898)4月13日夜、本堂の一部より出火、フェーン現象の余波を受け瞬時にして猛火は全山に拡がり、慈雲閣・伝燈院を残し、伽藍の多くを焼失してしまいました。現在の總持寺は横浜市の郊外、前に東京湾と房総半島を望み、...
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宗英寺-神奈川県横浜市青葉区

・宗英寺ホームページ 曹洞宗 神奈川県横浜市青葉区鉄町1783新編武蔵風土記稿によると、除地、2町8段4畝、村の西にあり、禅宗曹洞派、江戸渋谷長谷寺末、一抽山と号す、開山仁嶺寅怒元和3年5月21日寂す、開基は此の村の地頭加藤権右衛門景正なり、法名を大樹院一抽宗英と云、寛永7年8月卒す、客殿7間半に5間半未、坤の方に向かう、本尊釈迦木の座像にして長一尺ばかり、と書かれている。(リンク先より)※元和3年 1617年 << 戻る
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報恩寺-神奈川県綾瀬市

・陽廣山 報恩寺 曹洞宗 神奈川県綾瀬市寺尾南2-10-1報恩寺は、慶長7年(1602)8月28日曹洞宗の寺院として開山されました。御開山は朝岩存夙大和尚(ちょうがんそんしゅく)(1618卒)、開基は後藤右近(ごとううこん) 心宗永伝居士(しんしゅうようでんこじ)です。御開山の朝岩存夙大和尚は、本寺 藤沢市遠藤の宝泉寺の六世であり、当山二世悦堂存怡大和尚(えつどうそんい)(1648卒)は宝泉寺七世になります、報恩寺の開山は小田原北条氏の家臣であったとも伝えられ、当山の末寺 大和の宗昌寺、寺尾の常久院の開山である、当山三世林室宗茂大和尚(りんしつしゅうも)(1648卒)は、師匠とその師匠を勧請開...
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正翁寺-神奈川県横浜市栄区

・本郷山 正翁寺 曹洞宗 神奈川県横浜市栄区鍛冶ヶ谷2-9-10正翁寺は慶長六年(1601年)、韓嶺良雄かんれいりょうゆう大和尚によって開かれました。前身は正翁庵といい、室町時代の後期、鍛冶ヶ谷大谷家の開基により、聖月但公しょうげつたんこう和尚によって開かれました。(リンク先より) << 戻る
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興全寺-神奈川県高座郡

・龍寶山 興全寺 曹洞宗 神奈川県高座郡寒川町宮山1785龍寶山興全寺は戦国時代末期に英顔麟哲(えいがんりんてつ)大和尚によって創建された禅宗(曹洞宗)寺院です。 開山は慶長2年(1597)、大本山は福井県の永平寺、神奈川県の総持寺です。寒川神社の東側に位置し、寒川大明神を守護神とする神仏混淆の寺院で、寒川神社歴代神官の菩提寺でもあり、毎年春秋の彼岸には墓前において、神仏合同の慰霊祭が執り行われます。(リンク先より) << 戻る
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西福寺-神奈川県横浜市港南区

・二楽山西福寺 曹洞宗 神奈川県横浜市港南区上大岡東1-38-19創建は慶長二年で、もとは真鶴にあったお寺で、小田原市早川の「海蔵寺」の末寺、山号を「東向山」と称していました。ご開山は「了峰印達大和尚」と「西岸清光庵主」の二説がありますが、今は「真鶴西福寺開山 了峰印達大和尚」「真鶴西福寺開基 西岸清光庵主」としてお奉りをしています。(リンク先より)※慶長二年 1597年 << 戻る
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寳袋寺-神奈川県横浜市緑区

・八幡山 寳袋寺 曹洞宗 神奈川県横浜市緑区十日市場町895-1創立年代は慶長年間(1596年-1615年)で、顕堂長察大和尚が開山しました。 宗派は曹洞宗、山号は八幡山とし、本尊の聖観世音菩薩は木造の坐像で高さは一尺ほど。鎌倉の仏師運慶の作と言われています。本堂正面の「古寳袋」の額は山岡鉄舟筆で、寺宝としています。寺号「寳袋」は、建立地から古い巾着が掘り出された事によるものです。巾着は金銭などを入れる袋、いわば「宝の袋」であり「寳袋寺」という寺号になったといわれます。(リンク先より) << 戻る
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正泉寺-神奈川県相模原市緑区

・龍減山「正泉寺」 曹洞宗 神奈川県相模原市相原6-6-2寺伝によると、1591(天正19)年、この地を治めていた吉川下総守が、先祖の供養のため屋敷内にお堂を建立し、「虚空蔵菩薩」を本尊として安置したのが始まりといわれ、当時は「澗淋山昌泉寺」と称していました。これより前については記録がないため、この年を建立年としています。ご本尊さまが「虚空蔵菩薩」であることから、曹洞宗の前は天台宗であったと推測されています。(リンク先より) << 戻る
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東泉寺-神奈川県横浜市泉区

・東泉寺 曹洞宗 神奈川県横浜市泉区下飯田町743開基は、天正18年(1590)の秀吉による小田原攻めの結果、東国を領した徳川家康の旗本、筧為春(かけひためはる)です。山号は巨木山(こぼくさん)、山門前の対の雌雄大銀杏があるためにそう呼ばれるようになったかは不明です。(リンク先より) << 戻る
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常泉寺-神奈川県大和市

・花のお寺 常泉寺 曹洞宗 神奈川県大和市福田2176當寺の宗旨は、禅宗の中の曹洞宗であり、本山は、福井県の永平寺、神奈川県の総持寺です。創建は、1588年頃(天正十六年〉と言われています。開山は「朝厳存夙大和尚」(ちょうがんそんしゅくだいおしょう)で、藤沢市遠藤にある宝泉寺六世と言われています。開基の関水和泉は、福田開拓九人衆の一人、広田刑部助の後継者と言われ、天正十六年に没し、法名を「清流常泉禅定門」と称したことから寺号になったと伝えられています。(リンク先より) << 戻る