buddhism

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『修証義』(しゅしょうぎ)

『修証義』(しゅしょうぎ)は、おもに道元禅師の著わされた『正法眼蔵』から、その文言を抜き出して編集されたものです(どの部分から抜き出されたか詳しく知りたい方は ▶ 『修証義』(しゅしょうぎ)『正法眼蔵』対応版へ)。明冶時代の中ごろ、各宗派では時代に適応した布教のあり方を考える流れがありました。曹洞宗では曹洞扶宗会(そうとうふしゅうかい)が結成され、多くの僧侶や信者の人々がそれに参加しました。そのメンバーであった大内青巒(おおうちせいらん)を中心として『洞上在家修証義』(とうじょうざいけしゅしょうぎ)が刊行されました。これは在家教化のためのすぐれた内容となっていたため、曹洞宗では、ときの大本山永...
文献

『正法華経』

286年、『法華経』の梵語(サンスクリット語)を竺法護(中国・西晋時代の西域僧)が『正法華経』10巻26品に漢訳する。<< 戻る
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五蘊(ごうん)

五蘊とは、五つの集まり、五種の群れを意味します。私たちの存在を含めて、あらゆる存在を五つの集まり(五蘊)の関係においてとらえる見方です。五陰(ごおん)ともいいます。名称と形態の観念との結びつき。三科の一つ。5蘊。五蘊は仏教で物質と精神とを五つに分類したものをいい、環境を含めての衆生の身心を五種に分類したものです。色・受・想・行・識の五つです。①色(しき)は物質一般、あるいは身体。身体および物質。②受(じゅ)は感受作用のことで、感覚・単純感情をいう。外からの刺激を受け入れる作用。③想(そう)は心に浮かぶ像で、表象作用のこと。④行(ぎょう)は意志、あるいは衝動的欲求に当たるべき心作用のこと。潜在的...
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しめ飾り

しめ飾りには地方によって意味合いに若干の違いがありますが、お寺で聞いたところでは、年神を迎えるものだということです。毎年正月に年神が家々にやってくる来方神というもので、お正月様や恵方神、大年神などの名前で呼ばれています。「年」は稲の実りを指し、穀物神を表しています。日本で稲作や農耕作業が発達するにつれて、年の始めにその年の豊作が祈念されるようになりました。旧暦では年の初めは春でしたから、農家にとっては農作業を始める重要な時期です。それが年神を祭る行事となって現在でも飾り付けをする習慣が残っています。藁の縄は神社の結界にも使われていますし、稲作をする民族としてお米の収穫に感謝して、次の豊作を期待...
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如来十号(にょらいじゅうごう)

如来十号とは、如来・ブッダの十種の称号のことで、如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏世尊、が示すものです。また、魂入れ法要(開眼法要・お性根入れ)の際の儀式において唱えられる場合があります。・如来(にょらい) 真実のままに現れて真実を人々に示す者、真実の世界に至り、真実の世界から来られし者を如去如来といい、その略称。・応供(おうぐ) あらゆる人間や天上の神々からの供養を受けるに相応しい存在。・正遍知(しょうへんち) 様々な事象を正しくまんべんなく見渡して、ありのままに知る存在。・明行足(みょうぎょうそく) 『大智度論』に依れば、明とは宿命・天眼・漏尽の過去現在...
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親鸞聖人・浄土真宗本願寺派・本願寺歴代宗主関連系譜(お西)

第1代 藤原鎌足 【614~669年】第2代 藤原不比等 【659~720年】第3代 藤原房前 【681~737年】第4代 藤原真楯 【715~766年】第5代 藤原内麿 【756~812年】第6代 藤原真夏 【774~830年】第7代 藤原浜雄 【不詳~840年】第8代 藤原家宗 【817~877年】第9代 藤原弘蔭 【不詳~904年】第10代 藤原繁時 【不詳~943年】第11代 藤原輔道 【不詳】第12代 藤原有国 【943~1011年】第13代 日野資業 【988~1070年】第14代 日野実綱 【1012~1082年】第15代 日野有信 【1039~1099年】第16代 日野有範 【...
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親鸞聖人・浄土真宗本願寺派・本願寺歴代宗主関連系譜(お東)

第1代 藤原鎌足 【614~669年】第2代 藤原不比等 【659~720年】第3代 藤原房前 【681~737年】第4代 藤原真楯 【715~766年】第5代 藤原内麿 【756~812年】第6代 藤原真夏 【774~830年】第7代 藤原浜雄 【不詳~840年】第8代 藤原家宗 【817~877年】第9代 藤原弘蔭 【不詳~904年】第10代 藤原繁時 【不詳~943年】第11代 藤原輔道 【不詳】第12代 藤原有国 【943~1011年】第13代 日野資業 【988~1070年】第14代 日野実綱 【1012~1082年】第15代 日野有信 【1039~1099年】第16代 日野有範 【...
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浄土信仰(じょうどしんこう)

浄土信仰とは、阿弥陀仏の救いを信じ、死後、この世の穢土(えど・けがれた世界)を去って、仏の住む西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)に往生(おうじょう)することを願う信仰。浄土三部経(じょうどさんぶきょう)で説く教えをもとに中国で発達し、日本でも平安時代後期に末法思想が強まると、貴族や庶民の間で広まりました。法然が浄土宗、親鸞が浄土真宗、一遍が時宗を確立、法華信仰と共に日本仏教思想の大きな流れを形成しています。<< 戻る
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七高僧(しちこうそう)

七高僧とは、親鸞聖人が尊敬していたインド、中国、日本の七人の高僧のことです。①龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ/ナーガールジュナ) 【150~250年】②天親菩薩(てんじんぼさつ/世親/ヴァスバンドゥ) 【400~480年】③曇鸞大師(どんらんだいし) 【476~572年】④道綽禅師(どうしゃくぜんじ) 【562~645年】⑤善導大師(ぜんどうだいし) 【613~681年】⑥源信和尚(げんしんかしょう) 【942~1017年】⑦源空聖人(げんくうしょうにん/法然) 【1133~1212年】<< 戻る
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樹木葬(じゅもくそう)

樹木葬とは、シンボルツリーを中心にした墓地や多くの木を植樹した樹林墓地に納骨・埋蔵する方法か、粉骨した遺骨を土に撒いて埋葬する方法などを採用した墓地形態の一つです。現在、一般的に言われる墓地との違いは、墓石に遺骨を納骨しないということです。ただし、納骨・埋蔵した場所にメモリアルボードが設置されるものもあります。樹木葬は比較的新しい納骨・埋蔵方法として認知されていますが、墓石が一般的になる前には樹木葬と似たような埋葬法であったのではないかという想像は出来ます。しかし、それとの大きな違いとして考えられるのは、樹木葬としてしっかりと区画整理されているという点でしょう。問題点があるとすれば、いつか墓石...
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末法思想(まっぽうしそう)

末法思想(まっぽうしそう)とは、ブッダが説いた正しい教えが世で行われ修行して悟りを得る者がいる時代(正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟りを得る者がいない時代(像法)が来て、その次にはブッダの教えのみあって修行する者も悟りを得る者もいない時代(末法)が来るとする歴史観のことです。正法・像法・末法を三時(さんじ)といい、その長さのとらえ方には諸説あり、一説には、正法1000年、像法1000年、末法1万年とされ、日本では『末法燈明記』(まっぽうとうみょうき/最澄の著作とされていましたが偽書説があります)を根拠に、1052年(永承7年)に末法に入ったとされています。ど...
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サールナート – ブッダが教えを説き始めた地(鹿野苑)

サールナートはブッダが教えを説き始めた地として仏教の四大聖地および八大聖地の一つに数えられます。その教えを説いた相手は五比丘だと伝えられています。サールナートのうち鹿野苑(ろくやおん)だったとされる場所は現在、インド政府によって整理され遺跡公園になっています。そこには、ブッダの初転法輪(しょてんぼうりん)の地に立つダーメーク・ストゥーパがあり(写真)、4頭の獅子像があしらわれているアショーカ王の石柱も出土し、インドの国章となっています。また、バラナシ(ベナレス)の北方約10kmに位置します。「スッタニパータ」には「仙人のあつまる所という名の林」という名で出てきます。・「生きとし生ける者の最上者...
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梵鐘(ぼんしょう)

梵鐘とは、仏教寺院において時を告げるために朝・昼・夕に打たれ、撞木(しゅもく)で撞(つ)き鳴らされます。その梵鐘により音色は様々ですが、重く余韻のある響きが特徴で、一般には除夜の鐘で知られます。<< 戻る
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きっと、上手くなる

小学校から中学、高校、大学、専門学校、と教育機関は様々ありますが、誰もがそのような教育を受けてきたと思います。その時、どのように覚えましたか?繰り返し書いたり、声に出したり、身体を動かしたり、反復練習をしていたと思います。大人になって、新しいことを始める時も同じです。何となくやっても上手く行きません。良いなと思ったことは繰り返してみましょう。昨日より今日、今日より明日、きっと、上手くなります。<< 戻る
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僧堂(そうどう)

仏教寺院において、修行者が集団生活を行いながら仏道修行に励むところを僧堂といいます。雲水僧が集まり来るという意味で雲堂、仏祖を選出する道場の意から選佛場、古木然として兀坐を行じているので古木堂、禅堂とも呼ばれます。修行道場では、朝の坐禅から夜の就寝・開枕まで、僧堂を中心に展開されます。また、禅宗寺院では七堂伽藍のひとつに数えられ、中央には僧形文殊菩薩や摩訶迦葉が聖僧(しょうそう)として祀られています。(僧堂 總持寺大僧堂)<< 戻る
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十二因縁(じゅうにいんねん)

十二因縁とは、人間の苦しみ、悩みがいかにして成立するかということを考察し、その原因を追究して十二の項目(無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死)の系列を立てたものです。存在の基本的構造の十二区分。縁起の理法を十二の項目に分けて説いたもの。また、後代の解釈によると、衆生が過去の業によって現世の果報を受け、また現世の業によって未来の果報を受ける因果の関係性を十二に分類して説いたもの。十二縁起。十二縁法。十二縁門。十二支縁起。十二輪。①無明(むみょう)とは無知のこと。煩悩の根本。迷いの中にいること。②行(ぎょう)とは、生活作用、潜在的形成力、志向作用。物事がそのようになる力のこと。③...
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サンカーシャ – ブッダ三道宝階降下の地(僧伽舎)

サンカーシャはブッダ三道宝階降下の地として仏教の八大聖地の一つに数えられます。音訳して僧伽舎(そうぎゃしゃ)とも書かれます。サヘート・マヘートにある祇園精舎の香堂(ガンダクティー)からブッダは生後7日目に死別した母マーヤー夫人に法を説くために忉利天(とうりてん・三十三天)へ昇天し、サンカーシャの地に降り立ったという三道宝階降下伝説が残されています。忉利天で3ヶ月間、母マーヤー夫人に法を説いた後、三道の宝階を降下してサンカーシャの地に現れたと伝えられています。降下される時、三つの階段が築かれ中央の金の階段をブッダが、右側の白金の階段を白い払子(ほっす)を手にしたブラフマー神(梵天)が、左側の瑠璃...
法要日記(供養/祈願/布薩)

「他人から言葉で警告された時には、心を落ちつけて感謝せよ。ともに修行する人々に対する荒んだ心を断て。善い言葉を発せよ。その時に相応しくない言葉を発してはならない。人々をそしることを思ってはならぬ。」(スッタニパータ【第4 八つの詩句の章】16、サーリプッタ)

法要日記(供養/祈願/布薩)

「最上の幸福を説いて下さい。」という願いに対してお釈迦様は列挙する中で「尊敬と謙遜と満足と感謝と適当な時に教えを聞くこと、これがこよなき幸せである。」と答えています。(スッタニパータ【第2 小なる章】4、こよなき幸せ)

人物

大山のぶ代(おおやまのぶよ)

テレビアニメ『ドラえもん』にて、ドラえもんの声を1979年から2005年まで約26年間にわたり担当した。女優、声優、歌手、脚本家、エッセイスト、タレント。夫はタレントの砂川啓介。71歳だった2005年3月に他の主要キャストと共に『ドラえもん』の声優から勇退。26年間務めた役を次の世代に託した。最後のアフレコを終え、「ドラえもんは私の子供というか、身内。ドラえもんは私の中にいつもいますから、寂しさはあまり感じていません」と語るなど、子供のいなかった大山さんにとってドラえもんは愛するわが子同然だったようです。生誕 1933年〈昭和8年〉10月16日命日 2024年〈令和6年〉9月29日<< 戻る
法要日記(供養/祈願/布薩)

身体が整ってこそ心穏やかで、心が整ってこそ健全な身体で、身体や心が整っていない時でも整える術を知っていて、整えようと精進すること。

法要日記(供養/祈願/布薩)

Q「秋分の日に仏教のお彼岸をしているのはどうしてですか?」▶▶ A「秋分の日は二十四節気のひとつですが、国民の祝日に関する法律には【祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ】日と定められています。仏教のお彼岸という行事が伝統的に広く行われる年中行事であることから祝日になっています。なお、秋分の日(および春分の日)は太陽が真東からのぼって真西へ沈むことから、浄土思想で言うところの極楽浄土があるとされる【西の彼方/彼岸】と通じる日と考えられるようになりました。浄土系の仏教だけではなく、ほぼ全ての寺院がお彼岸の行事をしているため、他の説を主張する場合もあるかもしれません。」

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典座(てんぞ)

典座とは、六知事の一つで、禅院で衆僧の食事を司る役名です。禅宗寺院では昔から食事を担当するこの役職を非常に重んじ、尊敬されています。『典座教訓』(道元)・「衆僧を供養す故に典座有り」(『禅苑清規』)・「仏家に本より六知事有り。共に仏子たり。同じく仏事を作す。中に就いて典座の一職は、是れ衆僧の弁食を掌どる。」(『典座教訓』1、職を勤める姿が仏の姿)<< 戻る
法要日記(供養/祈願/布薩)

インドでミャンマー寺の宿坊に1ヶ月ぐらい寝泊りしていた時はそこのミャンマー人僧侶やインド人僧侶と行動を共にしていました。若いお坊さんがお経の練習帳を持っていたから聞いてみると、読んでも言葉が違うから分からないと。とにかく暗記するのだとか。日本で仏教批判する人の決まり文句で「上座部仏教は生きている人にお経を聞かせている」と言うけれど、日本も聞いただけじゃ分からないお経を読んでいるのと上座部仏教のそれと大差ないと現地で実感。

法要日記(供養/祈願/布薩)

師寮寺には不動明王堂があり毎朝決まった時間に祈祷太鼓で般若心経と不動尊祈り経を唱えていました。何とも言えないのですが、太鼓にお経が乗る様は気分が上がるというか、太鼓で読経することは難しそうに見えて、どちらかと言えば自分に合っているなと感じていました。

法要サポート

誰でも祈願法要を実施できる動画(表白→偈文→般若心経/祈祷太鼓→回向)

▶ 祈願依頼(1ヶ月、もしくは、1年間、毎日供養)
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獅子吼(ししく)

獅子吼とは、ブッダが説法する様子を獅子のほえる様子にたとえたものです。ブッダが大衆に恐れることなく説法することをいいます。師子吼とも書かれます。一般的に使われる場合、雄弁をふるうこと、意気盛んな大演説をすること等の意味で使われます。・「尊き師(ブッダ)はその時僧衆にうやまわれ、獅子が林の中で吼えるように修行僧(比丘)らに法を説いておられた。」(スッタニパータ 1015偈)<< 戻る
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戒・定・慧の三学(さんがく)

三学(さんがく)とは、ブッダによって示された、修行者が必ず修めるべき3つの基本的な修行項目のことです。三勝学(さんしょうがく)ともいわれます。戒学、定学、慧学の3つを指して三学といいます。この戒、定、慧のそれぞれを次で見ていきましょう。戒学(かいがく)戒により、悪をとどめ善を修めることで、身・口・意(しん・く・い)の三業(さんごう)が清らかになり、禅定に入りやすくなる。定学(じょうがく)その禅定を修めることで、身心を静かに精神統一を行ない、雑念を払い思いが乱れないことで智慧が得られやすくなる。慧学(えがく)その智慧を修めることで、正しく真実の姿を見極めることが出来るようになる。この戒・定・慧の...
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布薩(ふさつ)‐ ウポーサタ

布薩(ウポーサタ)とは、主要な行動を起こすために準備をすることが元々の意味です。布薩の日には、一堂に会して戒律の条項を読み、罪を懺悔します。布薩はウポーサタの音写です。伝説によると、仏教の初期において、ビンビサーラ王の勧めにより布薩の行事を取り入れ、時代によってその内容は変更を重ねています。▶ 布薩法要(満月/新月に実施)出家者の布薩は半月に1回、満月と新月の日に行いましたが、最も主要なものは満月の日に行いました。一堂に会して戒律の条項を読み、罪を懺悔します。在家信者の布薩は半月に3回、行いました。その日に八つの戒めを守り、説法を聞き、断食し、出家者に食物を給します。(詳細は下記にて)以上の布...
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京都の五山 ~五山制度と臨済宗~

1386(至徳3)年、室町幕府三代将軍足利義満によって、最終的な五山が決定され、南禅寺を別格上位とする京都五山と鎌倉五山が決定しました。今回は京都五山を紹介します。合わせて、インドの五山、中国の五山と、鎌倉五山や京都五山にどのようにつながってきたかをこれまでも別記してきましたのでご覧ください。南禅寺 (なんぜんじ)京都五山の上。亀山法皇が無関普門禅師(大明国師)をむかえ、1291(正応4)年に離宮を禅寺にして開かれた寺院で、五山の上に置かれ、全ての禅寺の中で最高位の格式をもちます。天龍寺(てんりゅうじ)京都五山の第一位。室町幕府初代征夷代将軍足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため夢窓疎石をむかえ...
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開眼法要(魂入れ法要・お性根入れ)

開眼法要(かいげんほうよう)とは、仏壇の中に安置するご本尊や位牌、法名軸、または、墓石に魂を入れる儀式であり、魂入れ(たましいいれ/たまいれ)、お性根入れ(おしょうねいれ)、入魂式(にゅうこんしき)、など呼び方は様々です。また、お寺により作法もお布施、諸費用についても様々です。いわゆる「仏作って魂入れず」の状態であるのを礼拝の対象にするための儀式です。また、親族だけでなく、第三者であるお坊さんを介することで、公私ともに認められることになります。法要依頼法要依頼の詳細をご確認いただけます。オンライン仏事証書を発行。<< 戻る
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お焼香(おしょうこう)- 作法

お焼香とは、香を焚くことで、一般的にはお通夜やお葬式、法事などの法要会場に設置された焼香台で行います。お焼香により自身の匂いを法要に相応しい香りにし、この香りがする時には亡き人を思い出すきっかけにもなります。また、ここで紹介する作法について、宗派や地域によって異なるものとご理解ください。「花の香りは風に逆らいては香らず、されどよき人の香りは風に逆らっても香る」とは『法句経』(ほっくぎょう:ダンマパダ)に出てくるブッダの言葉です。そこで供養される亡くなった人が歩んだ人生は、縁ある人にとっては無くなるものではないはずです。お焼香のための香炉は左右に仕切られているものがあり、右にお香(抹香など。まっ...