「 投稿者アーカイブ:buddhism 」 一覧
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灌仏会(かんぶつえ/花まつり・花祭・釈尊降誕会)
4月8日は灌仏会です。釈尊、お釈迦様、ブッダ、色んな呼び名で呼ばれることがありますが、一番初め、生まれた時につけられた名前はシッダッタといいます。シッダッタが生まれたのは現在、ネパールという国のルンビ ...
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『典座教訓』のフリガナ振り終わりました。実際は太字の読み下し文の上に普通サイズの文字でひらがな『典座教訓』を掲載する形です。個人的には主に読み下し文を読みながら確認したい時だけフリガナを見て使っています。読むのに敷居が下がったと思うので是非!
2024/04/06 -つぶやき
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学校や仕事、家庭の中で学ぶことも同じで、全部「我がまま」「思いつくまま」でやる人は大抵上手くいきません。誰かに教えてもらったことをやってみて上手くいくと納得し、あるいは上手くいかないと反省して検証を重ねます。やらされているわけではありません。わたしたちはどんな場所にあっても表現者、アーティストです。
2024/04/06 -つぶやき
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学んだことの答え合わせは生活の中でする。多くの仏典を掲載していますが、単に文字の意味を知っていても役に立ちません。学んだことを生活の中に見つけて、自分で応用して、人に喜んでもらって、上手くいかなければ学び直して、そうやって更新して、先人は答えを見つけ、伝えて来たのです。
2024/04/06 -つぶやき
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このウェブサイトでは毎日その日の読み物や出来事を「○月○日」のページに掲載しています。今日ならば「04月03日」のタイトルをクリックすると、今日が誕生日や命日の人物一覧や今日の読み物などが掲載されています。今日ならば『般若心経』の3回目、『仏遺教経』の34回目、『法句経』ダンマパダの22回目の読み物が掲載されています。少しずつお経や読み物を読んで楽しめる、さらには学習できる仕組みになっています!どうぞご利用ください。合掌
2024/04/03 -つぶやき
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典座教訓もそのうちフリガナ付けなければいけないかなと思っています。
2024/03/28 -つぶやき
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みずから悪をなすならば、みずから汚れ、みずから悪をなさないならば、みずから浄まる。浄いのも浄くないのも、各自の事柄である。人は他人を浄めることが出来ない。(『法句経』ダンマパダ【 第12章 自己 】より)
2024/03/25 -つぶやき
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『阿弥陀経』(あみだきょう)
2024/03/14 -仏教を本気で学ぶ, 年表
01月01日, 100年, あ, お釈迦様(ブッダ), コーサラ国, 仏教(インド)の出来事, 天台宗のお経, 浄土宗のお経, 浄土真宗のお経, 祇園精舎, 阿弥陀如来, 阿弥陀経阿弥陀経は100年頃にインド文化圏で成立したと考えられている大乗仏教の経典です。もともとの梵語(サンスクリット語)では सूखावतीव्यूह, Sukhavati-vyuha, スカーヴァティー・ ...
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劫(こう)
「劫」あるいは「一劫」とは、経典によって解説が違うものの測ることも数えることもできないほど途方もなく長い単位を表わす古代インドにおける最長の時間の単位です。梵語のカルパ (kalpa कल्प) の音 ...
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娑婆(しゃば)
娑婆とは、私たちの住むこの現実世界を指す言葉です。saha の音写。 << 戻る
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五力(ごりき)
五力とは、悟りを得るための五つの力または五つのすぐれた働きのことです。巴語で、pañca balāni(パンチャ・バラーニ)といいます。信(信仰)・精進(努力)・念(憶念)・定(禅定)・慧(智慧)の五 ...
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日本では自灯明・法灯明の教えとして伝わっている部分です。灯と島が指し示す所は同じで意訳されたのでしょう。ちゃんとブッダ最後の旅を読む前は、もっと最終的な遺言で語られた部分なのかなと思っていましたが、旅の途中でアーナンダに語った部分でした。もしかすると、それまでにも何度も説いていた教えかもしれませんね。
2024/03/04 -つぶやき
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「今でも、また、わたしの死後にでも、誰でも自らを島とし、自らを頼りとし、他人を頼りとせず、法を島とし、法を拠り所とし、他のものを拠り所としないでいる人々がいるならば、彼らは我が修行僧として最高の境地にあるであろう。」(『ブッダ最後の旅』【 第2章 】9、旅に病む - ベールヴァ村にて)
2024/03/04 -つぶやき
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TARAKO(たらこ)
2024/03/04 -人物
03月04日, 12月17日, 2024年, TARAKO, た, (命日)03月04日, (生誕)12月17日TARAKOは、声優、ナレーター、女優、タレント、シンガーソングライター、脚本家、エッセイストとして活躍しました。 1990年から放送されたTVアニメ『ちびまる子ちゃん』で主人公・まる子 ...
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鳥山明(とりやまあきら)
2024/03/01 -人物
03月01日, 04月05日, 2024年, と, 鳥山明, (命日)03月01日, (生誕)04月05日鳥山明は、漫画家やデザイナーとして活躍しました。代表的な漫画は『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』。また、キャラクターデザインを手がけた『ドラゴンクエスト』 『クロノ・トリガー』も世代を ...
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お釈迦様が亡くなる直前に弟子からどのようにそのご遺体を処理すればよいか、修行完成者であるお釈迦様を正しく葬儀する方法を聞いていて、それに答える様は、2500年前の終活の起源を見るようです。
2024/02/18 -つぶやき
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涅槃会(ねはんえ)
2月15日はブッダが涅槃に入られた日。涅槃会(ねはんえ)です。約2500年前、北インドを中心に教えを説いて歩き、多くの人々を救ったブッダはクシナガラの沙羅双樹の間で涅槃に入りました。 今でもクシナガラ ...
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明日、2月15日は涅槃会です。お釈迦様の亡くなった日。
2024/02/14 -つぶやき
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期間限定でメインタイトルにしていた「仏教で身体と心を整える」から本来のウェブサイトタイトルに戻しました。これでお釈迦様の涅槃の日を迎える準備は整いました。また、先日の新月をもって旧正月になったことで、新たな気持ちが満ちています。
2024/02/12 -つぶやき
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涅槃像の足の裏
この写真はインド・クシナガラの涅槃像(ねはんぞう)の足の裏を朝一番に撮影したものです。金色に輝く綺麗な足です。この涅槃像は頭部と足部だけが露出(他の部分は布で覆われている)しているのですが、足部に金箔 ...
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菩薩(ぼさつ/ボーディサッタ)
菩薩とは、初期仏教においては、悟りを開く前のお釈迦様のことをこのように呼びます。例えば誕生時には「無比のみごとな宝であるかのボーディサッタ(菩薩、未来の仏)は、もろびとの利益安楽のために人間世界に生ま ...
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「実に悪意をもって他人をそしる人々もいる。また他人から聞いたことを真実だと思って他人をそしる人々もいる。そしる言葉が起こっても、聖者はそれに近づかない。だから聖者は何ごとにも心のすさむことがない。」(スッタニパータ【第4 八つの詩句の章】3、悪意についての八つの詩句より)
2024/02/10 -つぶやき
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涅槃堂(ねはんどう)- ニルヴァーナテンプル
涅槃堂(Nirvana Temple)はクシナガラにあるブッダ入滅の象徴とされている建物です。世界各国から仏教聖地の巡礼に訪れる人、遠足で訪れる学生、ブッダをヒンドゥの神としてお参りする ...
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清浄な罰(ブラフマ・ダンダ)
清浄な罰(ブラフマ・ダンダ)とは、『ブッダ最後の旅【 第6章 】23、臨終のことば』に登場する初期仏教教団にあった修行僧に対する罰で、罰を受ける者は、自分の欲することを何でも言ってもいい反面、その他の ...
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四神足(しじんそく)
四神足とは、超自然の神通力を得るための四種の基で、不思議に境界を変現する通力のことで、「欲神足」「勤神足」「心神足」「観神足」。これらは悟りを得るための実践修行法の一つです。巴語(パーリ語)でcatt ...
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ブッダ最後の旅を2月15日の涅槃の日に向けて写経(入力)しながら読んでいますが、感動的な話です。何回も読んでいるはずですが、今読むとまた違って感じるのは不思議です。合掌
2024/02/07 -つぶやき
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「苦しみというすぐれた真理が悟られ、通達された。苦しみの起こるもとという尊い真理が悟られ、通達された。苦しみの止滅という尊い真理が悟られ、通達された。苦しみの止滅に導く道という尊い真理が悟られ、通達された。生存に対する妄執はすでに断たれた。生存に導く妄執はすでに滅びてしまった。もはや再び迷いの生存を受けるということはない」(ブッダ最後の旅 - 大パリニッバーナ経 第2章より)
2024/02/04 -つぶやき
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三結(さんけつ)
三結とは、四向四果の内の預流果を得る人の断ずべき三種の煩悩のことで、「見結」「戒取結」「疑結」のこと。「結」は煩悩の異名です。巴語(パーリ語)でtini samyojanani 、三つの束縛という意味 ...