臨済宗東福寺派

便り

三田寺-三重県伊賀市

・三田寺 臨済宗東福寺派 三重県伊賀市三田1897三重県伊賀市にあります『宗教法人 三田禅寺(さんでんぜんじ)』は、臨済宗 東福寺派のお寺です。当山は子安延命地蔵尊をご本尊とし、大本山東福寺の聖一国師(しょういちこくし)の法系をつぐ臨済宗東福寺派の寺院です。(リンク先より) << 戻る
便り

願成寺-京都府京都市東山区

・願成寺 臨済宗東福寺派 京都府京都市東山区本町15-807願成寺の山号「阿保山(あぼざん)」は平安時代初期桓武天皇の第一皇子であった平城天皇の 長子・阿保親王(歌人として名高い在原業平公の父君)に由来します。願成寺はもと願成就院と号し、阿保親王が国の平安と民の幸せを発願して建立された寺院です。(リンク先より) << 戻る
便り

福聚寺-京都府舞鶴市

・福聚寺 臨済宗東福寺派 京都府舞鶴市字常721伝承によると、福聚寺は、常村北側山腹にあり、火事で焼け1823年【文政6年】現在地に移りました。その後1927年【昭和2年】藁葺き屋根から瓦葺屋根に吹き替え現在に到っております。(リンク先より) << 戻る
便り

無量寺-和歌山県東牟婁郡

・無量寺 臨済宗東福寺派 和歌山県東牟婁郡串本町串本833錦江山無量寺は、本土最南端の地である和歌山県東牟婁郡串本町に在る、虎関禅師の開山による臨済宗東福寺派の別格寺院です。 もともとは、現在地から少し離れた袋という小さな入り江の地区にあり、その地形故にたびたび津波の被害にあいましたが、宝永4年(1707年)10月の宝永地震による大津波で全壊・流失してしまいました。その後、流出した無量寺の再建の使命を帯びた臨済宗白隠下の禅僧、文保愚海和尚が入院(じゅいん)し、大津波より79年後の天明6年(1786)、辛苦の末、現在の位置に本堂再建の業を果たされました。(リンク先より)<< 戻る
便り

総持院-愛知県岡崎市

・総持院 臨済宗東福寺派 愛知県岡崎市岡町字西野々宮17開創は享保三年(1718)、開山は唱宗和尚である。本尊様は阿弥陀如来坐像、鎮守様は秋葉山大権現。800年程前にあった薬師堂を基に開かれた寺院である事から、山号を「薬王山」とされている。(リンク先より) << 戻る
便り

常栄寺-山口県山口市

・常栄寺 臨済宗東福寺派 山口県山口市宮野下2001-1常栄寺 雪舟庭は大内政弘(おおうちまさひろ)が別邸として建てたもので、庭は雪舟に命じて築庭させたといわれています。康正元年(1455)、政弘の母、妙喜寺殿宗岡妙正大姉(みょうきじでんそうこうみょうしょうだいし)の菩提を弔(とむら)うために別邸を寺とし「妙喜寺(みょうきじ)」としました。一方、常栄寺は毛利元就(もとなり)が長男隆元(たかもと)の菩提を弔うために永禄6年(1563)、高僧竺雲彗心(じくうんえしん)を開山として、安芸(広島)吉田の郡山(こおりやま)城内に建てられました。洞春寺(とうしゅんじ)も妙寿寺(みょうじゅじ)も郡山城内に建...
便り

龍光寺-三重県鈴鹿市

・龍光寺 臨済宗東福寺派 三重県鈴鹿市神戸石橋町2-20-8町時代、応永29年(1433年)11月29日の深夜、伊勢湾の方より奇異なる霊光が飛び來り当山の旧跡地西条の沢山に至って消えること15日間に及んだ。ときの神戸かんべ城主は神戸家二代実重で、伊勢国司北畠満雅が称光天皇に奉上し帝これを占わしめると、東海龍王の瑞光であるから此地へ禅寺を建立して国家安泰を祈るべしとのことであった。天皇は満雅を開基とし、神戸実重を普請奉行として天澤山龍光寺を創建した。(リンク先より) << 戻る
便り

東昌寺-宮城県仙台市青葉区

・東昌寺 臨済宗東福寺派 宮城県仙台市青葉区青葉町8-1東昌寺は1283年(弘安6年)福島の伊達の桑折という所から始まりました。伊達家の初代から3世までははっきりとした形の菩提寺というものは持っていませんでしたが、4世の伊達政依という方は仏道の帰依が厚く、自分自身の寺としてこの東昌寺を作ったのです。つまり、伊達家最初の菩提寺ということになります。(リンク先より) << 戻る
便り

満勝寺-宮城県仙台市青葉区

・満勝寺 臨済宗東福寺派 宮城県仙台市青葉区柏木3-5-13當午山満勝寺(満勝禅寺)は、伊達氏初代朝宗公の菩提寺として、鎌倉期の弘安六年に伊達氏四世政依公により、現在の福島県桑折町に開創されたとされていますが、近年の調査で政依公以前に満勝寺が建立されていたことが明らかになりました。(リンク先より)※弘安六年 1283年 << 戻る
便り

松吟寺-茨城県常陸大宮市

・松吟寺 臨済宗東福寺派 茨城県常陸大宮市下町207当山は、臨済宗東福寺(とうふくじ)派大本山東福寺の直末(総本山直属の末寺)として、建治二年(1276年)開基(かいき)常陸国(ひたちのくに)守護佐竹常陸介義胤公、開山は東福寺開山円爾弁円大和尚「勅諡(ちょくし)聖一国師(しょういちこくし)」により開創されました名刹です。(リンク先より) << 戻る
便り

東福寺-京都府京都市東山区

・東福寺 臨済宗東福寺派 京都府京都市東山区本町15-778摂政九條道家が,奈良における最大の寺院である東大寺に比べ,また奈良で最も盛大を極めた興福寺になぞらえようとの念願で,「東」と「福」の字を取り,京都最大の大伽藍を造営したのが慧日(えにち)山東福寺です。嘉禎2年 (1236年)より建長7年(1255年)まで実に19年を費やして完成しました。(リンク先より) << 戻る
仏教を本気で学ぶ

東福寺派(本山東福寺(京都))の開派

嘉禎2(1236)年、南宋に留学して帰国した円爾(弁円)禅師により始まる。臨済宗(楊岐派の禅)を日本にはじめて伝える。<< 戻る
便り

宝福寺-岡山県総社市

・宝福寺 臨済宗東福寺派 岡山県総社市井尻野1968寺伝によると創立年代は不明ながら、日輪大阿閣梨を始祖とする天台宗の古刺であったものを、鎌倉時代の貞永元年(1232)に当時の住職であった鈍庵和尚がこの地に新しく伽藍を建立したと伝えられています。(リンク先より) << 戻る