「 比叡山延暦寺-滋賀県大津市 」 一覧

釈迦堂(しゃかどう)

  釈迦堂とは、釈迦如来を本尊とする仏堂のことです。また、そのすべてを釈迦堂というわけではなく、宗派や、伽藍が整備された年代、寺院規模などにより呼び方の違いがあります。釈迦堂であるからこの形 ...

拝観再開のお知らせ(比叡山延暦寺)

4/20より新型コロナウイルス感染症の拡大防止の為、拝観等を停止していましたが、滋賀県下の緊急事態宣言が解除されたことを受け、山上山下の諸堂拝観及び施設利用につき、下記の通り時間を短縮し再開いたします ...

本日9月21日(土)、来週9月28日(土)の2週にわたり、19時30分から「ブラタモリ」で延暦寺が特集されます🙏🏻 どうぞご覧ください✴︎

本日9月21日(土)、来週9月28日(土)の2週にわたり、19時30分から「ブラタモリ」で延暦寺が特集されます🙏🏻 どうぞご覧ください✴︎ 本日9月21日 ...

あけましておめでとうございます

新年あけまして おめでとうございます!! 一隅を照らす運動キャラクター しょうぐうさんです。(リンク先より) ・あけましておめでとうございます

「門前シリーズ⑦」 「律院」と「阿闍梨餅」

今回は、天台宗のホームページ 門前シリーズ第7弾、(リンク先より) ・「門前シリーズ⑦」 「律院」と「阿闍梨餅」

滋賀県大津市の天台宗寺院

👍2 延暦寺 天台宗 滋賀県大津市坂本本町4220 👍2 三井寺(園城寺) 天台寺門宗 滋賀県大津市園城寺町246 👍2 西教寺 天台真盛宗 滋賀県大津 ...

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第17回「心のつどいin比叡山」!2日目

前回に引き続き、第17回「心のつどいin比叡山」のご報告です。(リンク先より) ・第17回「心のつどいin比叡山」!2日目(しょうぐうさんブログ)

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織田信長 比叡山延暦寺の焼き討ち

1571年、織田信長が比叡山延暦寺の焼き討ちを行い、一向一揆をしずめる。 << 戻る

比叡山の衆徒により本願寺壊滅

1465(寛正六)年1月、比叡山の衆徒により本願寺壊滅。 << 戻る

日什上人、比叡山を下り東光寺の住職に

1372年(応安5年)、会津領主の蘆名直盛の招きにより故郷会津に帰り、現・羽黒山湯上神社の別当寺・羽黒山東光寺(廃寺)の住職となり、東北一帯の学僧に天台教学を講じました。 << 戻る

日什上人、比叡山での修行

日什上人は15歳の時相次いで両親を亡くされ、1333年(正慶2年)19歳の時に出家して比叡山横川の慈遍僧正(吉田兼好の兄)のもとに入室・出家し、名を玄妙と改めて勉学修行を行いました。1352年(文和元 ...

瑩山禅師、諸国行脚へ

弘安8(1285)年1月、諸国行脚(あんぎゃ)の途に入り、越前大野の宝慶寺(ほうきょうじ)の寂円禅師、京都・万寿寺の宝覚禅師、東福寺の東山湛照や白雲恵暁禅師などさまざまな諸師に訪ね、また比叡山に上って ...

日蓮聖人 比叡山~各地に遊学

寛元3(1245)年、比叡山・定光院にて俊範法印に就学しました。寛元4(1246)年、三井寺へ遊学。宝治2(1248)年、薬師寺、仁和寺、高野山・五坊寂静院へ遊学。建長2(1250)年、天王寺、東寺へ ...

大谷廟堂が破却される

1227年(嘉禄3年)、比叡山の衆徒が大谷廟堂を破却する。 << 戻る

慈円(じえん)

  平安時代末期から鎌倉時代初期の天台宗の僧侶。歴史書『愚管抄』を記したことで知られます。諡号は慈鎮和尚、通称に吉水僧正、また『小倉百人一首』では前大僧正慈円と紹介されています。 父は摂政関 ...

道元禅師の出家得度

建保元(1213)年、比叡山にいる母方の叔父良顕を訪ね、建保2(1214)年、14歳の禅師は比叡山座主・公円僧正について剃髪出家得度し、仏法房道元と名乗ります。比叡山では天台教学を中心に学びましたが、 ...

親鸞聖人の得度

養和元(1181)年、9歳の春、伯父の日野範綱(ひののりつな)にともなわれて、京都青蓮院において、後の天台座主・慈円和尚(じえんかしょう)のもとで出家・得度し、範宴(はんねん)と名のりました。慈円和尚 ...

法然上人の出家受戒

久安3(1147)年11月、比叡山の功徳院阿闍梨皇円の室に移り戒壇院で出家受戒。 << 戻る

法然上人比叡山へ

天養2(1145)年の春、比叡山に登り西塔北谷の持宝房源光 (じほうぼうげんこう) に師事。 << 戻る

良忍(りょうにん)

  良忍は、平安時代後期の天台宗の僧で、融通念仏宗の開祖。聖応大師。 尾張国知多郡の領主の秦道武の子。良仁とも書き、房号は光静房または光乗房。生年は延久4年説もある。比叡山東塔常行三昧堂の堂 ...

相応和尚(そうおうかしょう)

相応和尚は近江国浅井郡の出身で、孝昭天皇の第一皇子天帯彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)の子孫と伝えられています。15歳の時、鎮操(ちんそう)大徳に随って比叡山に登り17歳で剃髪し沙弥に ...

伝教大師の諡号が贈られる

貞観8(866)年、清和天皇より最澄上人に伝教大師の諡号が贈られました。大師号も日本ではこれが最初です。 << 戻る

延暦寺という寺号を授けられる

弘仁14(824)年、嵯峨天皇は最澄上人の死を惜しまれ、延暦寺という寺号を授けられました。このときから比叡山寺(日枝山寺)から延暦寺とよばれるようになりました。年号を寺号にしたのは、日本ではこれが最初 ...

伝教大師 最澄上人(でんぎょうだいし さいちょうしょうにん)

  最澄とは、平安時代の僧で、日本天台宗の開祖であり、伝教大師として広く知られます。中国に渡って仏教を学び、帰国後、比叡山延暦寺を建立して天台宗の開祖となりました。伝教大師とは、最澄のことで ...

天台法華宗年分学生式を奏上

弘仁9(818)年5月13日、『天台法華宗年分学生式』(てんだいほっけしゅうねんぶんがくしょうしき)(『六条式』『山家学生式』(さんげがくしょうしき)とも)を天皇に奏上しました。そこには、比叡山での教 ...

比叡山延暦寺-滋賀県大津市

・比叡山延暦寺 天台宗 滋賀県大津市坂本本町4220 最澄は12歳で近江の国分寺行表(ぎょうひょう)の弟子となり、宝亀11年(780)に得度、延暦4年(785)に奈良の東大寺戒壇院で具足戒(250戒) ...

最澄上人、一乗止観院を建立

延暦7年(788)年、最澄上人は薬師如来を安置する一乗止観院を建立します。現在の総本堂・根本中堂にあたります。 << 戻る

最澄上人、具足戒を受ける

最澄上人は奈良の都に行き、さらに勉学を積みました。そして延暦4(785)年、東大寺で具足戒を受けました。受戒後、比叡山に籠り一人修行を続けます。 << 戻る



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