便り 乙津寺-岐阜県岐阜市 ・乙津寺 臨済宗妙心寺派 岐阜県岐阜市鏡島中2丁目8−1歴史も長く奈良時代(738)から続いており、弘法大師とゆかりが深い古刹で「鏡島弘法」の名称で親しまれています。京都の東寺、神奈川県の川崎大師と並び日本三躰厄除け弘法大師のひとつと数えられています。(リンク先より)(旧アドレス:) << 戻る 0738.01.01 便り年表
便り 温泉寺-兵庫県豊岡市 ・温泉寺 高野山真言宗 兵庫県豊岡市城崎町湯島985-2温泉寺は養老4年(720)に城崎温泉を開いた道智上人により天平10年(738)に開創された古刹です。 道智上人は衆生済度の大願を発して、諸国をめぐり、養老元年に城崎の地に来て、当所鎮守・四所明神の神託(夢告げ)により、一千日間ご修行をされその功徳あって温泉が湧出し(現在のまんだら湯)、城崎温泉が開かれる。(リンク先より) << 戻る 0738.01.01 便り年表
便り 大聖寺-岡山県美作市 ・大聖寺 真言宗大覚寺派 岡山県美作市大聖寺1山号を恵龍山(けいりゅうざん)と称し、美作国建国の頃、天平10年(738年)に聖武天皇の勅令によって行基菩薩が開山しました。開山以来、山岳仏教の聖地として五院(不動院,中院,奥の院など)十八坊舎(松の坊,池の坊,上の坊,地蔵坊など)の塔堂伽藍を誇り真言密教(宗祖、空海)の根本道場として信仰をあつめ西の高野山と称されました。(リンク先より) << 戻る 0738.01.01 便り年表
便り 法音寺-山形県米沢市 ・法音寺 真言宗豊山派 山形県米沢市御廟1-5-32法音寺は、山号を八海山といい、真言宗豊山派に所属し、本山は奈良県の長谷寺であります。当寺は、もと越後の国南魚沼郡藤原の里、八海山の麓(現在の新潟県六日町)に、聖武天皇の勅命により、天平9年(737)年に総建された寺です。 当寺所蔵の八海山縁起によれば、藤原政照卿が、天皇の命を受けて諸国巡視中、越後国、飯盛山の麓で病死、その菩提を弔うため、行基菩薩が、勅命によってその地に法相宗の寺を建立したのが始まりとあります。寺号は政照卿の法名「都正院殿正二位政照法音大居士」に依ったものです。(リンク先より)<< 戻る 0737.01.01 便り年表
便り 地蔵寺-和歌山県橋本市 ・地蔵寺 高野山真言宗 和歌山県橋本市菖蒲谷94天平9年(737年)の春、奈良の大仏で有名な東大寺建立に力を尽くした、「行基菩薩」によって開基されました。ご本尊『地蔵菩薩』は行基菩薩自らが彫られたもので『日本最勝・日本最古の地蔵菩薩』です。ご本尊は安産祈願の為に、この地に安置されたものですから「子安地蔵さん」と呼ばれています。(リンク先より) << 戻る 0737.01.01 便り年表
便り 霊山寺-奈良県奈良市 ・霊山寺 霊山寺真言宗 奈良県奈良市中町3879神亀5年(728)流星が宮中に落下し、大騒ぎになり孝謙皇女が征中の病(ノイローゼ)にかかられた時、聖武天皇の夢枕に鼻高仙人が現れ、湯屋の薬師如来を祈念すれば治るとのお告げがあり、すぐに行基菩薩が代参。皇女の病が快癒しました。天平6年(734)聖武天皇は行基菩薩に大堂の建立を勅命。天平8年8月インドバラモン僧、菩提僊那が来日され、登美山の地相が霊鷲山(りょうじゅせん)にそっくりということから、寺の名称を霊山寺(りょうせんじ)と奏上され、落慶となりました。(リンク先より)※天平八年 736年 << 戻る 0736.08.01 便り年表
便り 乙宝寺-新潟県胎内市 ・乙宝寺 真言宗智山派 新潟県胎内市乙1112当山は天平八年(七三六年)聖武天皇の勅願を受けて行基菩薩、婆羅門僧正の二人の高僧によって開山されました。七堂伽藍の中心、金堂には胎蔵界大日如来、阿弥陀如来、薬師如来の三尊が当山の本尊としておまつりされています。婆羅門僧正は名を菩提僊那(ぼだいせんな)と言って印度より渡来した高僧で、その際に釈尊の両眼の舎利を請来されました。右眼のお舎利は日本へ渡来する前に中国へ渡りお寺を建ててそれを納め供養しました。そして日本へ渡来し、聖武天皇の勅願を受けて建てたお寺に左眼の舎利を納めて供養をしました。(リンク先より) << 戻る 0736.01.01 便り年表
仏教を本気で学ぶ 華厳宗が伝えられる 736年、華厳宗第3祖法蔵(開祖は杜順(557年-640年)、第2祖智儼(602年-668年))門下の審祥によって華厳宗は伝えられました。金鐘寺(後の東大寺)の良弁の招きを受けた審祥は、この寺において『華厳経』・『梵網経』に基づく講義を行い、その思想が反映されて東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)が建立(743年-749年)されました。鎌倉仏教期には、明恵によって密教思想が取り込まれ、さらに凝然による教学の確立がなされています。法相宗と並ぶ、南都六宗の一つで、「十三宗五十六派」の一つです。華厳宗の本尊は、歴史上の仏を超えた絶対的な毘盧遮那仏と一体になっています。菩薩の修行の階梯を説いた「十地品」、善... 0736.01.01 仏教を本気で学ぶ年表
便り 海住山寺-京都府木津川市 ・海住山寺 真言宗智山派 京都府木津川市加茂町例幣海住山20海住山の中腹、幽邃の地に、当海住山寺が創建されたのは、恭仁京造宮にさきだつ六年前、天平七年(735)のことと伝えられております。大盧舎那仏造立を発願あそばれた聖武天皇が、その工事の平安を祈るため、良弁僧正に勅して一宇を建てさせ、十一面観音菩薩を安置して、藤尾山観音寺と名づけたのに始まるということです。(リンク先より) << 戻る 0735.01.01 便り年表
便り 般若寺-奈良県奈良市 ・般若寺 真言律宗 奈良県奈良市般若寺町221般若寺は飛鳥時代、高句麗の慧灌法師によって開かれた。都が奈良に遷って天平7年(735年)、聖武天皇が平城京の鬼門を守るため『大般若経』を塔の基壇に収め卒塔婆を建てられたのが寺名の起こりとされる。(リンク先より) << 戻る 0735.01.01 便り年表
便り 常光円満寺-大阪府吹田市 ・常光円満寺 高野山真言宗 大阪府吹田市元町28-13常光円満寺は735年、行基という僧によって開山された由緒あるお寺です。最盛期は数万坪という広大な寺領荘園をもち足利将軍や名将吹田氏が自らの菩提寺として深く信仰されていたとのことですが、応仁の乱の兵火によって全焼。寺領荘園の全てを失ってしまうのです。(リンク先より) << 戻る 0735.01.01 便り年表
便り 東光院-大阪府豊中市 ・仏日山吉祥林 東光院 萩の寺 曹洞宗 大阪府豊中市南桜塚1-12-7東光院萩の寺は、天平7年(735)行基開創による曹洞宗別格地寺院です。もとは大坂豊崎の里(摂津国西成郡豊崎村下三番、現在の北区中津)にあって、境内に萩多く、通称「萩の寺」として親しまれ、「南の四天王寺、北の東光院」と並び称された格式ある古刹でした。大正3年(1914)、阪急電車敷設により現在地に移転しました。(リンク先より) << 戻る 0735.01.01 便り年表
便り 杉本寺-神奈川県鎌倉市 ・杉本寺 公式サイト 天台宗 神奈川県鎌倉市二階堂903当山は天平(てんぴょう)6年(734年)聖武天皇の后である光明皇后の御願により、藤原房前(ふじわらのふささき)、行基菩薩(ぎょうきぼさつ)によって建立されました。御本尊は天平6年(734年)行基菩薩御作(ぎょうきぼさつおんさく)、仁寿元年(851年)慈覚大師円仁御作(じかくだいしえんにんおんさく)、寛和(かんわ)2年(986年)恵心僧都源信御作(えしんそうずげんしんおんさく)の三体の十一面観音様です。(リンク先より) << 戻る 0734.01.01 便り年表
便り 醫王寺-静岡県磐田市 ・醫王寺 真言宗智山派 静岡県磐田市鎌田2065-1天平6年〜20年(734〜748)聖武天皇の勅命を奉じて、行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が当地を訪れ、この地に薬師如来の霊験ありとし、山内の名木で薬師如来の尊像を一刃三礼のもとに敬刻、ご本尊として祀ったのが始まりと伝えられています。(リンク先より) << 戻る 0734.01.01 便り年表
便り 西生寺-新潟県長岡市 ・西生寺 真言宗智山派 新潟県長岡市寺泊野積8996開山 天平5年(西暦733年)開祖 行基菩薩(ぎょうきぼさつ)御本尊 上品上生阿弥陀如来仏(じょうぼんじょうしょうあみだにょらいぶつ)真言 オンアミリタテイセイカラウン(リンク先より) << 戻る 0733.01.01 便り年表
便り 東林院-徳島県鳴門市 ・東林院(種蒔大師) 高野山真言宗 徳島県鳴門市大麻町大谷字山田59当院は、天平五年(733年)に行基によって開基されたと伝わります。その後、大同年間(806~810年)に弘法大師空海が御巡錫されて以来、真言密教の寺として紆余曲折がありながらも護持されてきました。(リンク先より) << 戻る 0733.01.01 便り年表
便り 医王寺-愛知県田原市 ・医王寺 曹洞宗 愛知県田原市小中山町南郷38薬樹山医王寺の本尊は、薬師瑠璃光如来。東方浄瑠璃光世界の教主で12の大誓願を発して、衆生の病苦を救い、無明の痼疾(持病)を治すとされるあり難い如来です。脇士として日光菩薩(左)・月光菩薩(右)を配し、これを薬師三尊といいます。僧行基(六六八〜七九四年)が刻んだものとされており、そのまた昔には小松原山東観音寺にまつられていたと言われておりまして、小中山村の帰依あつく、霊徳を感受することしきりで、天平四年(七三二年)にとくに乞うて拝領、一宇を建立して安置したのが始まりでございます。(リンク先より) << 戻る 0732.01.01 便り年表
便り 海龍王寺-奈良県奈良市 ・海龍王寺 真言律宗 奈良県奈良市法華寺町897伝承では天平3年(731年)、光明皇后の発願で建立され、僧・玄昉が初代住持となったというが、このことは正史に記載がなく、創建時期や事情について正確なところはわかっていない。 << 戻る 0731.01.01 便り年表
便り 放光寺-長野県松本市 ・放光寺 曹洞宗 長野県松本市蟻ケ崎1283天平二年 730年 行基菩薩が聖徳太子作の十一面観音をこの地に安置し、日光放光寺と称す延暦年間 790年頃 征夷大将軍、坂上田村麻呂が中房山鬼賊退治の戦勝の報謝として放光寺の本堂等伽藍を建設。又、別の説として延暦年間に中上野国の講師日光二荒山勝道上人が伽藍を建設したとされている(リンク先より) << 戻る 0730.01.01 便り年表
便り 蓮徳寺-愛知県名古屋市中川区 ・蓮徳寺 真宗大谷派 愛知県名古屋市中川区荒子町字大門東91天平元年に秦澄和尚によって華厳宗の寺として創建されました。その後、天台宗になり荒子観音の一坊に園頓院(えんどんいん)となりました。寺伝によりますと、戦国時代に奥村伊予守正親が入寺し、浄土真宗になったと言われており、現代に至っています。(リンク先より) << 戻る 0730.01.01 便り年表
便り 六萬寺-香川県高松市 ・六萬寺 真言宗善通寺派 香川県高松市牟礼町牟礼1449天平2年(730年)聖武天皇が讃岐の国主高晴公に禄を増し、新たに領地六万戸を御下賜になりました。高晴公は大変喜び、国家の豊穣を祈り大恩に報いるため牟礼の郷に寺院を建立しました。これをお聴きになられた帝より『国豊寺』という寺号の勅額と新羅王から献上の阿弥陀仏を本尊にせよと賜ったのが寺の始まりであると伝えられています。(リンク先より) << 戻る 0730.01.01 便り年表
便り 円福寺-千葉県銚子市 ・飯沼山 圓福寺(円福寺) 単立 千葉県銚子市馬場町293-1天平年間(729~749)になり、行基菩薩がこの奇瑞を耳にして、厨子を作って奉納した。しかし尊像の方が少し大きくて入らなかったので、行基が祈願すると、尊像は首をたれて、みずから厨子に入ったという。後に、弘法大師が東国を巡錫した弘仁年間(810~824)、この尊像を拝したが、海中出現のままの姿だったので、台座や光背を作り、開眼供養をおこなった。そして、下総国の守護千葉氏の系統を引く海上長者が、尊像と大師に帰依して、壮大な伽藍を天生六年(1578)建立したとされる。(リンク先より) << 戻る 0729.01.01 便り年表
便り 大池寺-滋賀県甲賀市 ・大池寺 臨済宗妙心寺派 滋賀県甲賀市水口町名坂1168天平年間(729~784)諸国行脚の高僧、行基菩薩(668~749)がこの地(現在の滋賀県甲賀市水口町名坂)を訪れた際、日照りに悩む農民のため、灌漑用水として、「心」という字の形に4つの池を掘り、その中央に寺を建立し、一彫りごとに三拝したという「一刀三礼の釈迦丈六坐像」を安置したと伝承されている。 当時の文献は、何一つ、残されてはいないが『甲賀郡志』『水口町志』によると、寺の名を「邯鄲山青蓮寺」といい、山内寺院は八ヶ寺を数え、七堂伽藍の備わった、天台宗の寺であったという。(リンク先より)<< 戻る 0729.01.01 便り年表
便り 黒石寺-岩手県奥州市 ・黒石寺 天台宗 岩手県奥州市水沢区黒石町字山内17黒石寺は、天平元年(729)行基菩薩の開山で、東光山薬師寺と称したが、延暦年間の蝦夷征伐の戦火にあい寺は焼失した。大同2年(807)飛騨(今の岐阜県)の工匠が方七間の薬師堂を再建し、嘉祥2年(849)第3代天台座主慈覚大師円仁が復興し妙見山黒石寺と改名した、天台宗の古刹である。(リンク先より) << 戻る 0729.01.01 便り年表
便り 遍照寺-兵庫県美方郡 ・遍照寺 高野山真言宗 兵庫県美方郡香美町香住区小原616天平年間、行基菩薩によって開創され、天平宝字4年に洛陽椋橋山住僧法爾和上来臨され宝殿を築いて中興する。御本尊に十一面観世音菩薩を仰ぎ、法燈相伝えて1200有余年、幾多の栄枯盛衰の歴史の中、道俗こよなく浄心を運び地域の守護仏として十方を照らし安寧を願う。(リンク先より)※天平年間 729年から749年 << 戻る 0729.01.01 便り年表
便り 興徳寺-大阪府大阪市天王寺区 ・興徳寺 高野山真言宗 大阪府大阪市天王寺区餌差町2-17聖徳太子存世中に今の法円坂付近に「薬師院」として創建され、天平年間(729~749)に行基菩薩によって再建された畿内49ケ院のひとつと言われていますが、第二次世界大戦の大阪大空襲にて現在の山門以外の諸堂を焼失したため詳細は不明です。(リンク先より) << 戻る 0729.01.01 便り年表
便り 西楽寺-広島県福山市 ・西楽寺 高野山真言宗 広島県福山市坪生町1354-1天平年中(729~748)行基菩薩による開創と寺伝に記されています。のち、坪生氏の祖先菩提寺として、弘安4年(1281)、支族陶山氏により再建されたました(福山志科)。現在の本堂は、昭和の初め手城町庵ノ下の益本屋(土屋家)住宅を移築したもので、江戸末期の庄屋建築を示す貴重な建物です。(リンク先より) << 戻る 0729.01.01 便り年表
便り 妙法寺-香川県丸亀市 ・妙法寺 天台宗 香川県丸亀市富屋町9寺の起こりは天平年間に行基菩薩が諸国を遍歴した際、豊田郡和田村(現在の香川県三豊郡豊浜町和田)の正因山に一宇のお堂を建立したことに始まる。長宗我部元親の兵火による消失の後、再建されたが、文禄4年(1595)、豊田郡坂本郷(現在の香川県観音寺市坂本町)に移り、当時は日蓮宗不受布施派に属していた。(リンク先より)※天平年間 729年から749年 << 戻る 0729.01.01 便り年表
便り 西国寺-広島県尾道市 ・西国寺 真言宗醍醐派 広島県尾道市西久保町29-27西國寺は天平年中、行基菩薩創建と伝えられ、真言宗醍醐派の大本山です。ある日、尾道に立ち寄られた行脚の中の行基はその夜、加茂明神の霊夢を見て、その御告げによってこの地に開山したと言い伝えられます。時は西暦729年のこととされています。1066年に本堂炎上、行基作の本尊薬師如来も焼滅しましたが、永保元(1081)年、平安朝白河天皇の勅命により再建今に至ります。 伽藍の規模は正に西国一という意味を込め、西國寺と名付けられました。(リンク先より) << 戻る 0729.01.01 便り年表
便り 宝輪寺-長野県松本市 ・宝輪寺 高野山真言宗 長野県松本市大字今井1333宝輪寺の創建は其年代往古にして詳らかではありませんが、天平年間、光明皇后御筆の法華経が最古の寺宝として伝えられています。平安時代初期、弘法大師御巡錫の折り、不動明王を描かれご本尊として祀り、山号を平城山と称したといわれています。安元・治承の頃、今井に住した今井四郎兼平、本寺の荒廃を歎き祈願寺として再建。自ら中興の開基となりました。(リンク先より)※天平年間 729年から749年 << 戻る 0729.01.01 便り年表
便り 岩船寺-京都府木津川市 ・岩船寺 真言律宗 京都府木津川市大字岩船小字上ノ門43岩船寺は、729年に聖武天皇が行基に阿弥陀堂を建立させたことに始まります。。<< 戻る 0729.01.01 便り年表