岡倉天心(おかくら てんしん)

投稿日:1913年9月2日 更新日:

 
思想家、文人。本名は岡倉覚三。幼名は岡倉角蔵。横浜(神奈川県)生まれ。フェノロサとともに文化財保護の礎をつくり東京美術学校(現在の東京藝術大学)の創設に尽力。日本画の革新と美術学校の校長を務め、文化行政に携わり、思想家として著作を執筆し、ボストン美術館でキューレターとして活動した。それだけではなく、南画家に師事し、琴を学び、漢詩を残し、余暇には釣りを楽しみ、オペラの台本までも著していた。

1862年
横浜本町5丁目に生まれる。父岡倉覚右衛門。
1873年
東京日本橋に一家で移り、同年東京外国語学校に入学。
1876年
奥原晴湖に入門。
1879年
18歳でもとと結婚。
1880年
東京大学を卒業。同年、文部省に就職。
1884年
龍池会、鑑画会に参加。
1885年
図画取調掛の委員となる。
1886年
桜井敬徳より受戒。同年、欧米視察旅行へ出国。
1889年
東京美術学校が開校。同年に帝国博物館が設置され、理事、美術部長を兼任する。
1898年
東京美術学校を辞職し、日本美術院を創設。
1904年
アメリカに渡航し、ボストンでイザベラ・ステューアート・ガードナーを訪問。
1905年
五浦に六角堂を建立。
1906年
『茶の本』を出版。
1910年
ボストン美術館中国・日本美術部長に就任
1913年
赤倉の山荘で没す。

生誕 1863年2月14日(文久2年12月26日)

命日 1913年(大正2年)9月2日

釋天心

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