契沖(けいちゅう)

投稿日:1701年1月25日 更新日:

 
江戸時代中期の真言宗の僧であり、古典学者(国学者)。

11歳で摂津国東成郡大今里村(現在の大阪市東成区大今里)の妙法寺の丯定(かいじょう)に学んだ後、高野山で東宝院快賢に師事し、五部灌頂を受け阿闍梨の位を得る。

摂津国西成郡西高津村(現在の大阪市天王寺区生玉町)の曼陀羅院の住持となるが、高野山に戻り、円通寺の快円に菩薩戒を受け、和泉国和泉郡久井村(現在の和泉市久井町)の辻森吉行や同郡万町村(現在の和泉市万町)の伏屋重賢のもとで、仏典、漢籍や日本の古典を数多く読み、悉曇研究も行う。延宝5年(1677年)に延命寺・覚彦に安流灌頂を受ける。

延宝7年(1679年)に妙法寺の住持となる。『万葉集』の解釈を進める内に、当時主流となっていた定家仮名遣の矛盾に気づき、歴史的に正しい仮名遣いの例を『万葉集』、『日本書紀』、『古事記』、『源氏物語』などの古典から拾い、分類した『和字正濫抄』を著している。これに準拠した表記法は「契沖仮名遣」と呼ばれ、後世の歴史的仮名遣の成立に大きな影響を与えている。

元禄3年(1690年)に当寺で母が亡くなったのを機として、摂津国東成郡東高津村(現在の大阪市天王寺区空清町)に円珠庵を建立して住持となる。元禄14年(1701年)1月、円珠庵にて62歳で入寂。墓所は円珠庵にある。

生誕 寛永17年(1640年)

命日 元禄14年1月25日(1701年3月4日)

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