1264年

仏教を本気で学ぶ

小松原法難

文永元(1264)年11月11日、念仏信仰者の地頭・東条景信(とうじょうかげのぶ)の軍勢に日蓮聖人は襲撃され、弟子一人は討ち取られ、自らも眉に三寸の疵(きず)を負わされました。<< 戻る
便り

大正寺-山梨県富士吉田市

・大正寺 浄土真宗本願寺派 山梨県富士吉田市新倉621当山は今を去ること約750年前(文永年間)に祖門六老僧の随一源誓上人に創設され、宗祖親鸞聖人御真筆の無碍光如来の画像を安置した草庵が当所字宮の下にありました。 文安年間(1440年代)に本願寺中興の祖の第8世蓮如上人が当地を御巡錫した際、藤原氏の末裔であった当国城山(本郡福地村字新屋の南にあり)の城主の遠山伊豆守重正が蓮如上人に帰依し法名乗欽を賜りました。(リンク先より)※文永年間 1264年から1275年<< 戻る
便り

妙喜寺-愛知県西尾市

・願王山妙喜寺 曹洞宗 愛知県西尾市江原町屋敷16人皇90代亀山天皇の御宇、文永元年(1264)江原城城主江原丹波守により開創され、開山は天桂膳薫大和尚である。本尊地蔵願王菩薩木座像(体内仏を治め厨子入)の像裏に『永正9年7月24日刀始』と記載され、当寺開創当時のものと推定されるが作者は不明である。(リンク先より) << 戻る