
08月04日


津川雅彦(つがわまさひこ)
俳優、映画監督、芸能プロモーター、評論家。京都府京都市中京区出身。別名義であるマキノ雅彦は映画監督をする際に名乗っていた。芸能事務所グランパパプロダクションに所属し、同社の代表取締役を務めた。生誕 1940年1月2日命日 2018年8月4日松鶴院雅堂浄彦居士<< 戻る

8月4日ご逝去 中陰からの忌日表
初七日忌 8月10日二七日忌 8月17日三七日忌 8月24日四七日忌 8月31日五七日忌・35日法要 9月7日六七日忌 9月14日七七日忌・満中陰・四十九日法要 9月21日百箇日忌 11月11日初七日からの七日毎の法要日は「命日前日」の曜日、百箇日は「命日翌日」の曜日と同じ曜日になるので、上記の日にちの確認と共に間違いのないよう曜日も確認してください。実際に行う法要は都合の良い曜日に繰り上げる、時間帯を調整することが多いようです。>> 年回忌法要が何年かを確認する<< 戻る

石井好子(いしいよしこ)
シャンソン歌手、エッセイスト、実業家(芸能プロモーター)。日本シャンソン界の草分けであり、半世紀以上に亘り牽引し続けた業界の代表・中心人物として知られている。日本シャンソン協会初代会長。東京都出身。東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)卒業、東京音楽学校声楽専科卒業。生誕 1922年8月4日命日 2010年7月17日戒名 彩光院慈照好音大姉(さいこういんじしょうこうおんたいし)<< 戻る

渥美清(あつみきよし)
コメディアン、俳優。本名は田所 康雄。 代表作『男はつらいよ』シリーズで、下町育ちのテキ屋で風来坊の主人公「車寅次郎」を演じ、「寅さん」として広く国民的人気を博した名優。 没後に国民栄誉賞を受賞している。生誕 1928年(昭和3年)3月10日命日 1996年(平成8年)8月4日<< 戻る

松本清張(まつもとせいちょう)
作家。 1953年に『ある「小倉日記」伝』で芥川賞を受賞。以降しばらく、歴史小説・現代小説の短編を中心に執筆した。1958年には『点と線』『眼の壁』を発表。これらの作品がベストセラーになり松本清張ブーム、社会派推理小説ブームを起こす。生誕 1909年12月21日命日 1992年8月4日清閑院釈文帳<< 戻る

後藤象二郎(ごとうしょうじろう)
幕末から明治時代の武士、政治家、実業家。栄典は正二位勲一等伯爵。土佐三伯の1人。 幼名は保弥太、良輔。象二郎は通称。諱は正本、後に元曄。字は日曄、暢谷、雲濤、不倒翁など。雅号に暘谷、雲濤、光海、鷗公など。生誕 天保9年3月19日(1838年4月13日)命日 明治30年(1897年)8月4日<< 戻る

吉田松陰(よしだしょういん)
武士、思想家、教育者。山鹿流兵学師範。一般的に明治維新の精神的指導者・理論者・倒幕論者として知られる。私塾「松下村塾」で、のちの明治維新で重要な働きをする多くの若者に思想的影響を与えた。父は萩藩士杉百合之助。山鹿流兵学師範であった吉田家の養子となる。藩校明倫館を経て、諸国を遊学。佐久間象山のもとで砲術と蘭学を学ぶ。安政元年(1854)海外密航を企て、下田港のアメリカ軍艦ポーハタン号に乗り込もうとしたが、拒絶され投獄。のち萩の野山獄に移されるが、翌年免獄となり実家杉家に幽閉の身となる。その間松下村塾を開き、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋ら約80人の門人を集め、幕末から明治にかけて活躍した...

黒田長政(くろだながまさ)
安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。筑前国福岡藩初代藩主。 戦国武将・黒田孝高の嫡男。九州平定、文禄・慶長の役で活躍した。特に関ヶ原の戦いでは東軍につき大きな戦功を挙げたことから、徳川家康より筑前国名島に52万3千余石の封を受け、福岡藩を立藩し初代藩主となった。長政も父の孝高と同じくキリシタン大名であったが、棄教した。生誕 永禄11年12月3日(1568年12月21日)命日 元和9年8月4日(1623年8月29日)興雲院殿前大中大夫筑州都督古心道ト大居士<< 戻る