群馬県邑楽郡(真言宗豊山派)

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安勝寺-群馬県邑楽郡

・安勝寺 真言宗豊山派 群馬県邑楽郡板倉町大字籾谷甲1659※掲載内容の再確認をしたところ表示できなかったためリンクを外しています(2019年12月)。(旧アドレス:)僧光尊の創建による光明山清浄院安楽寺と、僧光研の創建による正応山浄土院最勝寺が合併して誕生した寺になります。安楽寺は元禄16年(1703)1月1日と慶應元年(1865)4月5日に火災に遭い二回も全ての堂宇を灰にしてしまうのですが、慶應元年の火災後、仮のお堂のままだったため、無住となった最勝寺の本堂と阿弥陀堂を安楽寺の境内に移築し、前述のように寺名を改称した安勝寺が引き継いでいます。 << 戻る
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実相寺-群馬県邑楽郡

・実相寺 真言宗豊山派 群馬県邑楽郡板倉町板倉甲1678慶長14年(1609年)徳川2代将軍秀忠公による伊奈良沼の白鳥鉄砲狩りの為、沼のほとりにある実相寺外農家18軒が移転した。これより遡る事11年、慶長3年あの栄華を極めた豊臣秀吉が五大老(徳川家康、前田利家、毛利輝元、上杉景勝、宇喜多秀家)に秀頼を託し死去。秀吉の願いとは裏腹に、死去して2年後の慶長5年に関ヶ原の役起こり、東軍(徳川方)は西軍(石田光成方・実質は秀頼方)を破る。(リンク先より) << 戻る