『修証義』

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『修証義』(しゅしょうぎ)は、おもに道元禅師の著わされた『正法眼蔵』から、その文言を抜き出して編集されたものです。

明冶時代の中ごろ、各宗派では時代に適応した布教のあり方を考える流れがありました。曹洞宗では曹洞扶宗会(そうとうふしゅうかい)が結成され、多くの僧侶や信者の人々がそれに参加しました。

そのメンバーであった大内青巒(おおうちせいらん)居士(1845~1918)を中心として『洞上在家修証義』(とうじょうざいけしゅしょうぎ)が刊行されました。これは在家教化のためのすぐれた内容となっていたため、曹洞宗では、ときの大本山永平寺貫首滝谷琢宗(たきやたくしゅう)禅師と大本山總持寺貫首畔上楳仙(あぜがみばいせん)禅師に内容の検討を依頼し、1890(明治23)年12月1日、その名を『曹洞教会修証義』とあらためて公布しました。その後、『修証義』と改名されて今日にいたっています。

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