【仏教用語/人物集 索引】

仏教の「苦」を「リスク」から読み取る

投稿日:2023年5月21日 更新日:

新型コロナの流行は2019年に始まったとされ、大きく報道され始めたのは2020年初頭でした。

その頃は、「海外のことでしょ?」

「私たちには関係ないこと!」

そんな感じでした。

それが、数か月で日本でも確認され、世界的な広がりによるパンデミックになり、

東京オリンピックを始めとするあらゆるイベントが延期や中止、

学校は休みになり、職場環境に影響がない仕事はなかったはずです。

「こうなることが予測できていれば・・・」

というタラレバの話をよく耳にする機会もあったのですが、

他国ではロックダウンという地域や国自体を完全封鎖出来る権限がある国もある一方、

日本にはロックダウンできるような強い権限がないことも知りました。

この点は国としてのリスク管理を国民一人ひとりが考え直さないといけないと思います。

それで良ければいいとして、変えなければいけないのかどうか。

ただし、今のところ新型コロナに社会も慣れてしまい、

感覚的な危機は去ってしまったので、

恐らくそういう時には「変えなくていいんじゃない??」という意見が多いと思います。

しかし、新型コロナの問題に限らず、平時にこそリスク管理が必要です。

自分に関するリスク、

家族に関わるリスク、

職場に関するリスク、

地域や国に関わるリスク、

どのグループ、どのレベルにもリスクは伴います。

「リスクがある」と一般的に言われる場合、

「危険」という意味を持ちます。

自然環境や人間によって、生命、財産、環境などに損害を与える可能性があること、

あるいはその恐れの大小のことを示します。

資産運用の分類で使われる場合、「危険」=運用の失敗と言うよりも、

むしろ収益が予測できない、不確実なことを示します。

「リスクが大きい」と使われる場合、

思うように「行く/行かない」の正否の振れが大きく、

「リスクが小さい」とは、正否の振れが小さいという風に使われるようですね。

より理解する為に、仏教では「苦」という言葉が「リスク」を補完し、

「リスク」という概念が仏教で言うところの「苦」を補完しているように

感じたのでシェアしようと思います。

仏教で説かれるところの「苦」は、

「思い通りにならない」ということです。

「一切皆苦」「四苦八苦」「苦集滅道」という言葉にも

「苦」が入っていますが、同じ意味で使われています。

この「苦」は他の仏教経典と同じく中国において「苦」と漢訳されたわけですが、

もともとのインドではパーリ語でドゥッカ(dukkha)、

サンスクリット語でドゥフカ(duḥkha)という言葉でした。

思い通りにならない、空しい、不満、不安定、苦しい、という意味がありました。

同じでしょ??

と言えば、仏教の専門家にも、リスクの専門家にも怒られそうですが、

考え方や意味の共通点は確かにあるのです。

今のところは、「苦」が「リスク」を補完し、

「リスク」が「苦」を補完しているという表現に留めておきたいと思います。

どちらも、これまでの経験から、これからを予測して、今、備えておこうという考え方です。

平時にこそ、準備ができることがあります。

いざという時、対処できる力を養うことが大切です。

それなしでは、茫然自失して、全てを失いかねません。

2500年前にお釈迦様が説かれた「四苦」は、

生・老・病・死という、現代人にも避け難いリスクです。

それらを自分の思い通りにすることはできないとしても、

いつか起こる可能性を知り、それに備えること

自分の未来に責任を持っているということです。

「苦」や「リスク」という言葉を見聞きすると、

ネガティブな印象を誰もが持つと思いますが、

避けては通れないことを他人に言われなくとも誰もが知っています。

しかし、だからといって「どうすればいいの??」と思うことでしょう。

このウェブサイトでは折に触れて

「苦」や「リスク」への対処法も紹介していきますが、

概要としては、それぞれの「苦」や「リスク」について

自分や身近な人の実体験や見聞きして知っておくことです。

そこから自身が出来る限りの備えをしておくことが大切です。

お金を掛けなくとも、先ずは心構えがその時に出来る第一歩です。

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