自分の凡夫判断、世間そろばんにて、是非をきめることでなくお任せすること(曹洞宗 正伝の仏法)

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お互に自分達の願いの中味を吟味して見ると、わがままなことが多いものである。ある基教信者の述懐をきいたことがある。その人は関東大震災にあって、非常な苦しみを味わった時に、何故こんな苦しみにあわねばならぬのかと神をうらみに思うたけれども、よくよく考えて見れば、幸不幸、善悪は凡夫心のこちら側で判断することではなく、神の思し召しにまかすことであったと気づいて、目からうろこが落ちたように信心のすがたが定まったと云うのである。・・・(リンク先より)

自分の凡夫判断、世間そろばんにて、是非をきめることでなくお任せすること(曹洞宗 正伝の仏法)

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