私が行う供養も祈願も布薩もお釈迦様から伝わる伝統仏教によるものです。生家の家の宗派は浄土宗、実父は真言宗に縁があり祖父母の位牌も真言宗形式です。結婚したので浄土真宗の本願寺派とも大谷派とも縁が出来ました。
全宗派的な仏教系のボランティア団体(協力者/寺院関係者1000人規模程度)の運営職員を行なっていたので、そこでの縁から日蓮宗、天台宗、臨済宗、黄檗宗、および既に出て来た宗派の関係者とも更なる結びつきが深まりました。
その間、日本やインドにおいて本山格のお寺で修行させてもらったり、一般の方の葬儀や法要に際して、専門ではない宗派の読経、儀式に僧侶として参加させてもらったりもして来ました。大抵、興味を持って話してしまうのですが、そういう関係者しか分からないような世界に誘われてしまう癖があるのかもしれません。
そして、現在はどの宗派にも、どの寺院にも属していないのですが、最後に宗派に属していたのは地方寺院の副住職を務めた曹洞宗(禅宗)でした。どの宗派も同じ仏教なので共通する部分は多いのですが、現在の私の儀式では曹洞宗を基本としつつ、宗派色が出ない形で法要を実施しています。
また、インドに3年間滞在した他、初インドは1ヶ月の滞在、他に2週間単位で4、5回の滞在歴があります。クシナガラやブッダガヤ―に滞在時は、上座部仏教の寺院などに泊めてもらい、早朝の瞑想や読経に参加し、日本式の読経も行なわせてもらっていました。
南無阿弥陀仏も、南無妙法蓮華経も、南無大師遍照金剛も、南無釈迦牟尼仏も、私にとっては大事なキーワードで、そうなるように生まれ育って来たので仕方ありません。特定の宗派内の環境でしか生きていない人にとっては無茶苦茶かもしれませんが、生きていると自然とこれらのキーワードが集まってしまいました。
そもそも、お釈迦様の正しい教え、仏教は1つです。仏教が伝わって来た過程で、その土地、その時代、その人々により、必要に応じて仏教の内容は広がりを見せたのではないでしょうか。私に言わせれば、どれか1つのキーワードだけが正しいと言い切れる方が無茶苦茶だと思います。
以上は主にどこで修行し、学び、実践してきたかということですが、重複期間はあるものの、無所属、フリーの僧侶として菩提寺の寺号を預かり、寺院センターの屋号でウェブサイトを運営し、一般の方と共に心と身体を整える活動を現在まで続けています。
縁ある方のご自宅や墓前に出向いて法要を行なう活動はコロナ禍を境に見直し、オンライン法要の受付期を経て、現在の毎日供養スタイルに落ち着いています。どれも一長一短のスタイルですが、今出来ることを実践するのみです。合掌
