永治元(1141)年4月20日、明庵栄西禅師(みんなんようさいぜんじ)は備中国(岡山県)吉備津宮の社家、賀陽氏(かやし)の子として誕生しました。11歳で地元安養寺の静心和尚(じょうしんおしょう)に師事しました。
栄西の読み方ですが、「ようさい」よりも「えいさい」という読み方の方が浸透しているようですが、栄西禅師の主著である「興禅護国論」(こうぜんごこくろん)の解説本中に「ようさい」との振り仮名が付けられていることから、正式にはこちらを使います。
こちらの「栄西禅師」ページより、その一生を年代順に確認出来ます。
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