
読経を行なうということは、お釈迦様の言葉を復唱することです。漢訳されたお経の多くは「如是我聞(にょぜがもん)」で始まります。その意味は、「お釈迦さまの教えをこのように私は聞きました。内容は~」という形式になっています。
お釈迦様の時代には録画も録音も出来ませんでしたし、教えを文章で残す文化もありませんでした。その教えは弟子から弟子へ、口伝えに伝えられ、暗誦しやすいように詩の形式で揃えられるようにもなり、必ずしもお釈迦様の話した通りではないことは分かっています。
それでも、お釈迦様の教えのエッセンスは詰まっていると感じます。2500年前に生きていたお釈迦様から伝え、伝えられ、動画もCDもない昔から私のところまで残っていてくれたかと思うと有難い気持ちで一杯です。
中にはお経はお釈迦様の本当の言葉じゃないと学問的にそういう人もいますが、お釈迦様のエッセンスだけではなく、この期間、伝えて来た数多の人々のエッセンスが詰まった教えの結晶がお経だと感じています。
そのように感じながら、今日もお経を読誦しています。合掌