中国唐代の禅僧。諡は大圓禅師。俗姓は趙。福州長渓県(福建省寧徳市霞浦県)の出身。法語として『潙山警策』がある。百丈懐海に就いて嗣法。弟子には仰山慧寂、香厳智閑など多数。大円禅師。大潙大円禅師。
貞元元年(785年)、15歳で出家、福州建善寺の法常律師のもとで剃髪し、杭州龍興寺で受戒した。経律を学ぶ。
貞元9年(793年)、23歳で洪州に赴いて百丈懐海に学び、その法嗣となる。
元和15年(820年)頃、潙山密印寺(湖南省長沙市寧郷市潙山郷)に住して、多数の門弟を訓育した。住寺は同慶寺の号を賜った。弟子の中に仰山慧寂があり、彼らの門流を、後世「潙仰宗」と称した。
生誕 大暦6年(771年)
命日 大中7年(853年)1月9日
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