岐阜県

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蓮教寺-岐阜県本巣市

・蓮教寺 浄土真宗本願寺派 岐阜県本巣市浅木120康和5年(1102)年の創設と伝えられます。開基は、清和天皇の末裔で貞純親王の孫にあたります重實で、浅木村(現在の本巣市浅木)に一宇を建立し、釈浄忍となりました。当時は天台宗の寺院で、蓮教院と称しました。 その後、文明年間に美濃の国は、蓮如上人の教化をいただき、「念仏を称え浄土に生まれて仏になる」浄土真宗に帰依をする人々が多くなりました。浅木の蓮教院も、1469年第16代釈宗善のとき、蓮如上人に帰依をし、浄土真宗の寺院となり、寺号を蓮教寺としました。(リンク先より)<< 戻る
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満福寺-岐阜県大垣市

・満福寺 真宗大谷派 岐阜県大垣市墨俣町墨俣131寛和の頃(986年)天台宗の伽藍として創建されたが、熊谷蓮生房の猶子、小太郎直照・祐照法師が浄土真宗の宗祖親鸞聖人に帰依してより、嘉禎元年(1235年)葉栗郡門間の庄足近に金足山・満福寺と号した。(リンク先より) << 戻る
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専精寺-岐阜県不破郡

・専精寺 浄土真宗本願寺派 岐阜県不破郡垂井町1349西暦858年(天安2年)慈覚大師が専精寺の前身である「天台宗 普門山善相院」を創建されました。その後、西暦1328年(元享3年)本願寺3世覚如上人が関東へ御下向の途中当院へお立ち寄りになった際、当寺住職は、覚如上人の教えに賛同し、天台宗より浄土真宗に改宗しました。(リンク先より) << 戻る
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正覺寺-岐阜県安八郡

・正覺寺 浄土真宗本願寺派 岐阜県安八郡神戸町北一色寺伝によれば、弘仁八年(817年)に、天台宗を開かれた伝教大師最澄が、神戸町の日吉神社を創建の折、この地にとどまり、朽ち果てた御堂のなかの聖徳太子の御木像を感得(発見)したことにより、寺院を建てたとあります。 その後は、四百有余年の間、「寂静山 妙行院」として、天台宗の一宇としてありました。承久三年(1221年)、後に法然上人のお弟子となる「東 胤頼」の嫡男、東氏二代「東 重胤」が、承久の乱の際、東海道軍として北条泰時氏に属し、宇治川の戦いで負傷。鎌倉への帰国の最中容態が悪化したため、この寺にて、療養していました。その際、一念発起し、出家。当...
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円鏡寺-岐阜県本巣郡

・円鏡寺 高野山真言宗 岐阜県本巣郡北方町北方1345-1当山は弘仁2年(811年)嵯峨天皇の勅願により「弘法大師」が、創建せられた真言宗の古刹である。(リンク先より) << 戻る
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正尊寺-岐阜県本巣市

・正尊寺 浄土真宗本願寺派 岐阜県本巣市曽井中島1592天台宗横蔵寺(801年伝教大師最澄創設)の末寺として創建された。しかし、室町時代に入り横蔵寺の衰退と共に正尊寺も無住の廃寺同然になっていたと伝えられている。 その当時は現在の中島の地から北西に1㎞くらい離れた向野の南に建っていた。そこへ、文明5年(1473)福井県吉崎御坊の蓮如上人から遣わされた了光坊が、浄土真宗に改宗し本巣町・大野町・谷汲村・糸貫町・網代西郷の門徒と共に荒れ寺を浄土真宗の道場として正尊寺を再建した。(リンク先より)<< 戻る
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華厳寺-岐阜県揖斐郡

・華厳寺 天台宗 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積23・第三十二番 ⇒ 西国三十三所 第三十三番 谷汲山 華厳寺 ​⇒ 第一番「谷汲さん」の愛称で親しまれる当山は、山号が「谷汲山(たにぐみさん)」、寺号が「華厳寺(けごんじ)」といいます。寺の草創は桓武天皇(737-806)の延暦十七年(798)で開祖は豊然上人、本願は大口大領です。(リンク先より) << 戻る
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林陽寺-岐阜県岐阜市

・林陽寺 曹洞宗 岐阜県岐阜市岩田西3-402弘法大師の草創で大師が全国行脚途中、数年ここに留まったといわれている。 岩田の羽場西遇に村社「八幡神社」(現 伊波乃西神社)がある。大師はその南に、堂宇を建立し、自ら薬師如来の尊像を作って本尊佛としその背後に曼荼羅を添えた。その下に大師23歳の「延暦15年(796)、伊波西乃僧院八幡の境林陽寺僧 空海書」とある。さらに、弘仁5年(814)大師41歳のとき、当寺に再来し、7日間薬師如来の護摩を修し、続いて、芥見大洞願成寺においても大日如来を刻み、灌頂の法を行ったと伝えられている。(リンク先より) << 戻る
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行基寺-岐阜県海津市

・行基寺 浄土宗 岐阜県海津市南濃町大字上野河戸1024-1天平の初め頃(約1300年前)、当時、大仏建立の勧進のため諸国を行脚していた行基菩薩が聖武天皇の勅願を得て、美濃・尾張・伊勢の三国の守護霊場山として、この地に七堂伽藍を尽くした菩提寺が建立されたのが始まりです。当山内には行基塚があり、天平宝字元年二月二日に行基菩薩が八十二歳でご入寂されたと伝えられる場所には板碑、七重の石塔(共に重要文化財)が今も残っています。(リンク先より)※天平宝字元年 757年 << 戻る
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国分寺-岐阜県高山市

・国分寺 高野山真言宗 岐阜県高山市総和町1-83天平13年(AD741)、聖武天皇は国分寺建立の詔勅を下し、諸国に国分寺と尼寺を造立せしまられた。僧寺には七重の塔を造り、金光明最勝王経を写し、封50戸、水田10町を施入し僧20人と定められた。その目的は金光明最勝王経の読誦講読による鎮護国家の理想実現と地方政治の確立、文化の開拓にあった。  当飛騨の国分寺は、開基を行基菩薩とし、天平18年(AD746)草建されたという。(リンク先より) << 戻る
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護国之寺-岐阜県岐阜市

・護国之寺 高野山真言宗 岐阜県岐阜市長良雄総194-1天平18年(746)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創されました 創建時は三十三の堂塔が並び長良島、日野を寺領とする壮大な寺院であったと伝えられます嘉元2年(1304)熊谷直実蓮生坊が祖父の為に供養塔を建立されました 塔は宝篋印塔で 現存します(リンク先より) << 戻る
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乙津寺-岐阜県岐阜市

・乙津寺 臨済宗妙心寺派 岐阜県岐阜市鏡島中2丁目8−1歴史も長く奈良時代(738)から続いており、弘法大師とゆかりが深い古刹で「鏡島弘法」の名称で親しまれています。京都の東寺、神奈川県の川崎大師と並び日本三躰厄除け弘法大師のひとつと数えられています。(リンク先より)(旧アドレス:) << 戻る
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明星輪寺-岐阜県大垣市

・明星輪寺 真言宗 岐阜県大垣市赤坂町4610持統天皇の勅願により鎮護国家の道場として朱鳥元年(686年)役の小角の創立にかかり七堂伽藍をはじめ一山五坊を創建し本尊虚空蔵菩薩を安置す。その後衰退していたが空海(弘法大師)来山し諸堂を再建修復す。このとき桓武天皇は勅願を下し封戸三百石を寄進された。(リンク先より) << 戻る
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大龍寺-岐阜県岐阜市

・大龍寺 臨済宗妙心寺派 岐阜県岐阜市粟野2339寺伝によると、第四十一代持統天皇の御世(686~697)に鎮護国家の為に創建されたのが始まりであります。後に禅宗に改宗されるまでは密宗寺院でした。その時代の詳しいことはわかりません。(リンク先より) << 戻る
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宝光寺-岐阜県不破郡

・宝光寺 真宗大谷派 岐阜県不破郡垂井町表佐1414弘文天皇の時代(六七二)関が原関所の役についていた林豊後守藤原徳光が出家して法相宗末の宝光寺定空となったのを前期の開基とし、その末裔二十五代藤原道義が蓮如上人に帰依、宝光寺を相続していたのを後期の開基とする。(リンク先より) << 戻る