滋賀県甲賀市

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玉桂寺-滋賀県甲賀市

・玉桂寺 高野山真言宗 滋賀県甲賀市信楽町勅旨891今より一千二百年の昔、奈良朝の淳仁天皇が一時、都を平城京から滋賀に移された事があります。その時の保良宮、つまり奈良時代に、滋賀の皇居を造られる間、仮御所として使われたのが玉桂寺の始まりであります。(リンク先より) << 戻る
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嚴浄寺-滋賀県甲賀市

・嚴浄寺 浄土真宗本願寺派 滋賀県甲賀市甲南町宝木92忍者の里、甲賀(こうか)市甲南町には37ヶ寺の仏教寺院があります。嚴浄寺はその中で唯一の寺院です。(リンク先より) << 戻る
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浄観寺-滋賀県甲賀市

・山添真寛 Official WEB 浄土宗 滋賀県甲賀市信楽町長野1042滋賀県甲賀市信楽町「浄観寺」に生まれる。東京で劇団に所属、活動後、イベント制作会社に勤務。会社移転に伴い拠点を滋賀県に移し、紙芝居や人形芝居の上演を開始。会社を退社後、生まれ育った信楽のお寺に戻り、上演活動を継続すると同時に浄土宗僧侶として再スタート。(リンク先より) << 戻る
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近江国分寺-滋賀県甲賀市

・滋賀県甲賀市信楽町黄瀬(紫香楽宮跡内裏野地区)・下総 ⇒ 東山道 近江 国分寺 ⇒ 美濃他にも候補地があり、はじめに国分寺が建立された地は定かでありません。<< 戻る
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心光寺-滋賀県甲賀市

・心光寺 浄土宗 滋賀県甲賀市水口町城東5-19心光寺は、菅原道真の四男・菅原淳茂が父の菩提を弔うために903年に開創したと伝えられている。心光寺は美濃部氏の菩提寺であり、巨大な五輪石塔の墓碑が残っている。<< 戻る
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十楽寺-滋賀県甲賀市

・十楽寺 浄土宗 滋賀県甲賀市土山町山中351元来、天台の寺であったものが信長の兵火に会い消失する。寛文年間(1661年〜)巡化僧広誉可厭大和尚、現在の地に錫を留め専修念仏浄土の寂光を宣揚せんことを念願し広く十方有志の助成を仰ぎ万人講を勧募し本堂、庫裏、茶所を完成し、清浄山二尊院十楽寺と名称し念仏道場と定め、浄土宗総本山知恩院の直轄末寺となり今日に及ぶ。(リンク先より) << 戻る
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徳源寺-滋賀県甲賀市

・徳源寺-facebook 浄土宗 滋賀県甲賀市信楽町下朝宮462㭝牛という僧が元和8(1622)年に法泉寺として開山した。その後、領主山口源助が浄土宗に改め、京都黒谷金戒光明寺に末属した。正保4(1648)年源助が亡くなった時に白龍という住職が源助の法号から寺名を徳源寺と改めた。本尊阿弥陀如来立像(木造、漆箔、古色、像高93.3cm)は、原材の丸太を彷彿とさせるような体系が特徴である。現在は、一度前後に割り放して内部にえぐった痕があるが、これは後世の所為と考えられている。10世紀後半の作品だと目されている。現在は来迎印を結んでいるが、当初は異なった施無畏・与願印だった可能性が示唆されている。...
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櫟野寺-滋賀県甲賀市

・櫟野寺 天台宗 滋賀県甲賀市甲賀町檪野1377福生山自性院櫟野寺(いちいの観音)は桓武天皇の延暦十一年に比叡山の開祖伝教大師様が根本中堂の用材を得る為に甲賀郡杣庄おいでにまりました時、霊夢を感じて此の地の櫟の生樹に一刀三礼の下彫刻安置されました。日本最大坐仏十一面観音菩薩がご本尊様です。(世に生えぬきの観音様と称されております。) その後、延暦二十一年鈴鹿山の山賊追討に当たり、杣ケ谷を櫟野まで登られた坂上田村麻呂公は、当地鎮座の櫟野観音さまに祈られその御力により鈴鹿山の群賊を平定することが出来たのであります。(鈴鹿山の鬼退治と伝わる)それ故将軍は当寺を祈願寺と定め、大同元年七堂伽藍を建立、永...
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大池寺-滋賀県甲賀市

・大池寺 臨済宗妙心寺派 滋賀県甲賀市水口町名坂1168天平年間(729~784)諸国行脚の高僧、行基菩薩(668~749)がこの地(現在の滋賀県甲賀市水口町名坂)を訪れた際、日照りに悩む農民のため、灌漑用水として、「心」という字の形に4つの池を掘り、その中央に寺を建立し、一彫りごとに三拝したという「一刀三礼の釈迦丈六坐像」を安置したと伝承されている。 当時の文献は、何一つ、残されてはいないが『甲賀郡志』『水口町志』によると、寺の名を「邯鄲山青蓮寺」といい、山内寺院は八ヶ寺を数え、七堂伽藍の備わった、天台宗の寺であったという。(リンク先より)<< 戻る