プールナマイトラーヤニープトラ(富楼那)

投稿日:0101年3月1日 更新日:

プールナマイトラーヤニープトラ(puurNamaitraayaniiputra、पूर्णमैत्रायनीपुत्र)、富楼那弥多羅尼弗多羅(ふるなみたらにぷとら)、富楼那弥多羅尼子 (ふるなみたらにし)、富楼那(ふるな)

ブッダの十大弟子の一人で「説法第一」といわれています。大勢いたブッダの弟子の中でも、弁舌に優れていたとされます。プールナマイトラーヤニープトラ(富楼那弥多羅尼弗多羅)のマイトラーヤニー(弥多羅尼)とは母の名で、プトラ(弗多羅)は子を意味します。同じく、富楼那弥多羅尼子とも書かれます。

カピラヴァストゥ城近郊のドーナバストゥ(またはスナーパランタ)という、バラモン種族に生まれました。父はカピラヴァストゥ城主であるシュッドーダナ(浄飯王・じょうばんおう)の国師で、母はブッダ最初の弟子衆である五比丘の一人であるカウンダンニャ(僑陳如)の妹とも伝えられます。プールナマイトラーヤニープトラの実家は巨万の富を有していたといわれます。

ブッダとは生年月が同じで、幼くして既に聡明で、バラモン教の四ヴェーダ聖典と五明(声・因・医・工・内)に通じていましたが、世塵を厭うてヒマラヤに入山します。苦行を重ねて四禅定と五神通を得ましたが、ブッダの成道を聞き、ベナレス(波羅奈)国の鹿野苑へ同朋と赴き仏弟子となりました。後に阿羅漢果を得て各地に赴き、99000人の人々を教化したといわれます。

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