東教山 乗誓寺

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乗誓寺の開基である了源(平塚入道了源)は、藤原鎌足を祖として十八代を数える末裔であり、伊豆の曽我十郎祐成を父に、大磯の虎御前を母にもち、出家前の名を河津三郎信之と称したと伝えられる。曽我十郎、虎御前とも、江戸期より今日まで、歌舞伎や謡曲、浄瑠璃、浮世絵などでは『曽我物語』として広く民衆に親しまれ、仇討物語の代表的な演目として有名である。
河津三郎信之(出家前の了源)は、父と同じく武士として源実朝に仕え、多くの武功を残した。その恩賞として平塚の地を賜るが、同族の宿縁と積年の仇敵に感じるところがあり、求道の日々を過ごすこととなる。
時を同じくして、親鸞聖人は関東教化のために各地を歩かれていた。法縁は熟し、聖人の念仏の教えを受けた阿津三郎信之は、出家を決意する。名を了源と改め、安貞元年(1227年)平塚の地に一宇を建立し、親鸞聖人直筆の十字尊号を本尊として迎え、阿弥陀寺を開いた。(リンク先より)

東教山 乗誓寺

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