後醍醐天皇(ごだいごてんのう)

投稿日:1339年8月16日 更新日:

 
第96代天皇および南朝初代天皇。諱は尊治。大覚寺統の天皇。

京都で2度の討幕(正中の変、元弘の変)を企てた後醍醐天皇は、正慶元年(1332)鎌倉幕府に隠岐に流されました。

しかし、楠木正成や後醍醐天皇の子、護良親王らによる討幕運動が続くと、後醍醐天皇は隠岐を脱出し、討幕を呼びかけます。

足利尊氏、新田義貞らが正慶2年(1333)に鎌倉幕府を滅ぼすと、後醍醐天皇は帰京し、幕府・摂関を廃して天皇による親政「建武の新政」を開始します。しかし親政は破綻し、後ろ盾となっていた足利尊氏の離反に遭ったため、後醍醐天皇は比叡山に2度逃れますが、ついに京で幽閉されてしまいます。

建武2年(1336)、尊氏は持明院統の光明天皇を立てますが、後醍醐天皇は京を脱出し、尊氏に渡した三種の神器は偽物であるとして、吉野に朝廷を開きます。

ここに、吉野の「南朝」(大覚寺統)と京都の「北朝」(持明院統)による南北朝の時代がはじまります。
後醍醐天皇は、吉野に入ってわずか3年で亡くなりますが、南北朝統一まで57年、その後さらに「後南朝」が65年、吉野の南朝は続きます。

生誕 1288年11月26日〈正応元年11月2日〉

命日 1339年9月19日〈延元4年/暦応2年8月16日〉

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